第28話 登山
連日残業続きでもそこは若いだけあってたまの仕事の合間に皆で登山をすることになった。
何とあの富士山である。
富士の御山は三千メートル級であるにも関わらず子供でも登れるという世界でも珍しい山である。
もっともそれは夏の富士だけであり、冬の富士は登る者を殺し続けて来た恐ろしい山でもある。
この夏の富士に登り、ご来光を拝もうという計画だった。
一つの車に四人が乗り、総勢十人で五合目から登り始めた。
まだこのときは自分が高度千二百メートルから高山病を起こす体質だとは知らなかった。頭痛と一緒の登山である。(実は大変に危険)
酸素。酸素をくれ。脳みそが悲鳴を上げる。私の脳みそはある理由から他人の二倍の酸素を必要とする。
途中で皆はバラバラになる。
一合登るごとに山小屋と飲み物の自動販売機がある。
八合目に到達。少し休む。古風な登山装束の人もいて山小屋の周りに屯している。他の登山客に静かに登れ寝れないじゃないかと怒鳴っている。
登山を再開、やっと次の山小屋が見えて来た。
八合半と書いてある。九合目じゃないんかいと一人で突っ込みを入れる。
自動販売機の飲み物は山小屋一つ登るたびに五十円づつ値が上がる。これらはすべてブルドーザで運び上げられている。
元気な馬鹿餓鬼が眼下の山道目掛けて石を投げている。
もちろんこれは殺人未遂である。誰かに命中して人が死んだら逃げるのだろうなと思う。その横で保護者らしき馬鹿な大人が叱ることもなくヘラヘラと笑っている。可愛い我が子が人を殺そうとするのが嬉しいらしい。
頭痛が酷い。一歩ごとに足を止める。
「ああやって立ち止まると倍疲れるのだよね~」
これ見よがしにカップルの男の方が彼女に話しながら横を通る。
休まなくて済むならそうしているわい。だいたいお前がそれを口にするのは、誰かに忠告しようという親切心ではなく、彼女に自分は登山のプロだとアピールしたいだけだろ。心の中でそう思うが表には現さない。ある理由から私は感情を表には出さない。
相手が切れやすい人間だったら刺されて終わるリスクを冒すだけのメリットの無い行為だが、人間の中にはとにかく俺は凄いんだとマウントを取らねば死ぬ病にかかっている馬鹿は数多い。
九合目が過ぎる。次の山小屋は・・九合1/4。 おおおい!
夜空の星の間に線が見えるのに驚愕しながら、途中でぶっ倒れて道の横で丸くなって眠る。
(身の回りの実話怪談「星座」参照)
朝まで眠り、結局ご来光には間に合わなかった。
上には皆が待っていたが一人足りない。
「あれ? Hは?」
「途中で帰ったよ。こんな苦しい思いをして山に登るなんて馬鹿のすることだと吐き捨ててね」
へ?
まあたしかに、あいつらしいと言えばあいつらしい。
そんな彼は今は事業部長をやっている。
山の頂上での景色は素晴らしいの一言だ。
眼下に巨大な湾が丸ごと見渡せる。
この高さまでハングライダーを担いできたどこかの連中が強風の中で展開に苦労している。これから三千七百メートルを滑空するのだ。
同僚がリュックに入れて持って来たポテトチップスの袋が風船のように膨らんでいる。
酸素をくれい。脳みそが喚く。
夏の富士山でも寒い。頂上の山小屋には中にストーブが炊かれている。有料かなとも思ったが、とりあえずストーブの前に陣取って体温を戻す。
「じゃあ下山するぞ!」号令が出た。
おい、少しは休ませろ。
元気な人間との行動はこれが嫌だ。自分が元気な人間は他者にほんのわずかな思いやりも見せない。そしてそれは一事が万事なのだ。
相手の歩に合わせられない人間は友にするに値しない。今はそう思う。
『富士に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿』という川柳があるが確かにと思わせる登山だった。
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