第26話 ミカン狩り

 お弁当業務の一環として日帰りで課内旅行を計画する。

 予算に悩んでいると、N課長が社内接待費のことを教えてくれた。

 一人に対して年に二千円が社内接待費として用意されていて、これを使うことができるとのこと。


「初めて聞いた」

「そうだろう。社内接待費を使うと、お金を使わないと課をまとめられない奴として管理職の経歴に傷がつくんだ。だから社内接待費のことをひた隠しにしている課長も多い」

「N課長はいいんですか?」

「おう、使え使え。そのためにあるんだ。遠慮するな」


 さすがN課長。(だがこういった事が後でこの課長が左遷される原因となる)

 うちの課は2つの異なる会社つまり本社とその子会社が合わさってできている。

 子会社側がN課長だ。

 本社側のM課長にも承認を取る。社内接待費について聞くと、嫌な顔をされた。

 皆があなたを無視するのは上しか見ないそういう所なんですよ。もちろんこれは言葉にはしない。


 検討した末に、リクリエーション係の一人がミカン狩りのパンフレットを持って来た。

 伊豆半島でミカン狩りした後に帰りに温泉に入るというコースだ。

 代金は一人当たり四千円。社内接待費を使うので一人二千円の予算だ。


 日を改めて出発した。途中でバスは高速に乗る。

「おーい、ゴミ袋ないか?」

 お菓子の空袋を振りながら同期が叫ぶ。

「そんなもの、こうすればいいんだ」

 ボラ先輩が空袋をひったくると、開けた窓から投げ捨てた。

 このバカ野郎。そう先輩に怒鳴ろうとするより先に、バスの運転手の怒号が飛んだ。

「お客さん、駄目! 高速で物投げちゃだめ!」


 もちろんこれは大変に非常識な行動だ。後ろの車が事故を起さなかったのは幸運だった。

 立派な社会人がここまで馬鹿とは。


 ようやくミカン園についた。

 斜面に生えるミカンの木の間に大きな穴が掘ってあり食べかすはそこへ放り込むようになっている。

 木に成っているミカンを一つ取り、皮を剥いて口に放り込む。

 じゅううううう。そんな音が聞こえてくるような激烈な酸っぱさだった。まるで酢を一気飲みしたかのように。

 ぐえええ!

 口の中のミカンを吐き出し、手の中のミカンの残りを穴に放り込む。

 なるほどこれでは間違っても問屋に出荷できない。こんなものを売ったら二度と市場に出荷させて貰えなくなる。だから木が痛むのを承知でミカン狩りに転用したのか。

 一見客を食い物にする捨て身の戦法だ。じきに噂が流れれば伊豆でミカンを狩ろうなどという酔狂な客はいなくなる。

 もちろんミカン園の方もリピーターが来るとは思っていないだろう。

 他の人たちも一口だけ食べて顔を顰めて止めた。

 取り合えずそのミカンは会社で残業している管理職のためにお土産にした。


 皆やることが無くなったので早々にバスに戻る。

 帰りの道すがらバスの女性ガイドが提案してくる。

 時間が遅くなったので温泉に寄るのは止めたいとのこと。

 びっくりだ。ミカン狩りと温泉が売り物なのにその一つをあっさりと放棄させるのだ。もはやここまで来ると詐欺である。

 ミカン狩りを早く切り上げたのだから、それでも時間が足りないというのは明らかなプランのミスだ。

 意見を募ってみたら皆このまま帰ろうとなった。ここのミカンの不味さに疲れたのだ。


 ようやく会社についた。

 運転手さんたちにチップを渡すべきではないかと提案し、他の係にそんなことをしなくても良いと拒絶される。

 仕方ないので自分の財布から二千円だしてチップとする。

(今の自分なら払わない。よくよく考えてみれば温泉の入浴料が浮いたのだから払い戻しをするべきなのだからその分は着服されたことになる)


 残業している管理職の面々にこれお土産ですと地獄の酸っぱいミカンが詰まった大袋を渡してそそくさと逃げ出す。


 二度と課内旅行なんか企画するものか。

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