第11話 カエル男

「ケエロケエロ」

 T氏がウロウロしている。あちらで仕事している人の横でケエロケエロと鳴き、こちらで仕事をしている人の周りでケエロケエロと鳴く。

 鳴き声の正体は「帰ろ帰ろ」である。


 この部署は仕事の残業時間が二時間以内で帰ろうとすると、F主任から嫌味を言われることがある。

 セリフはこうだ。

「おや? 今日は早退ですか」


 コンパチ事業部長は机を怒鳴りながら喚き散らす。

「残業時間が六十時間を切るヤツはさぼっていると見なすぞ!」


 どのみち、基本給は電気労連系だけに、人を人と思わないほど安い。

 残業をしないと生きてはいけない。これを称して生活残業と呼ぶ。


 この状況の中でも特に忙しい人間は残業が月二百時間に達する。もちろん労働基準法違反であるので、この残業時間の内の半分には給料が払われない。労働時間が違法に書き換えられるのである。

 とことん社員を奴隷としか思っていない会社であった。自殺率三倍は伊達ではない。


 この今日は早退ですかを言われるのを避けるために新しい技を編み出した者もいる。

 パソコンの電源を落とすと目ざとく見つけられて嫌味を言われるので、電源をつけたままトイレに行く振りをしてそのまま帰るのである。

 さすがにこれは問題となり、禁止された。



 さて、T氏である。

 T氏は皆が仕事をしている中で一人で帰ると目立ってしまう。だから誰か他に帰る人間を見つけて一緒に帰る。自分は帰りたくないのだが、同僚が帰るからついでに帰るんだという恰好つけである。

 それが前述のケエロケエロ鳴きに繋がる。そしてついたあだ名がカエルさんである。

「カエルさん、また鳴いているよ。しつこいな」

 そう評される。


 中には鳴き声にイラついてもっと歯に衣着せぬ言い方をする者も出てくる。

「うるさいな。そんなに帰りたければ一人で堂々と帰ればいいじゃないですか!」

 するとカエルさんは別の人のところに言って再び鳴くのである。ケエロケエロ。


 カエルの面に小便とはこのことである。

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