第10話 弁当係は修羅場

 会社には業務以外に様々な雑用がある。

 入りたての新人に任されたのはお昼の弁当係だった。皆からの注文を受けて弁当屋に発注する雑用である。この古い社屋には社食などという便利なものはないので仕方がない。

「助かるよ。この仕事を他人に引き継げて」

 Y先輩が釣銭の入った袋を渡しながら言う。

「お金を誰かが勝手に持っていくので毎年ひどい赤字になるんだ。俺も十万円ぐらい持ち出しになってる」

 ひえええ。一年で月給の一か月分が消えるということか。


 さっそくやり方を変えた。

 注文票とお金の入った袋を自分の席のすぐ横に置いた。

 何日かして、いきなり集金袋の金が一万円減った。

 その場で大きく張り紙をして目撃者を募った。犯人が分かるまで弁当業務は保留だ。皆が困ろうが知ったことか。自分の金を払ってまでも皆の弁当を用意する義理はない。

 場所が場所だけに誰か目撃者がいると考えた。千円札を袋から何枚も取り出すのだ。目立たぬわけがない。

 じきに犯人が名乗りでてきた。その言い訳がこうである。

「お昼を注文しようとしたがお金がなかった。後で銀行に行く予定だったから一万円を払うことにして先にお釣りをもらった。そのまま一万円を払うのを忘れていた」

 ひどい言い訳である。騒がなかったらそのままにするつもりだったのだろうとしか思わない。

 この事件はそれからの数か月の間に三度あり、三度とも同じ言い訳であった。驚いたことに犯人はどれも別の人間である。

 渡る世間は泥棒ばかり。


 わざとやっているだろう。お前ら。

 先輩たちの時代にも何度も同じ事をやっていたということだ。なるほどお弁当係が赤字になるわけだ。


 業を煮やして集計用プログラムを作った。注文だけして貰って月の終わりに集金に廻ることにした。弁当を受け取ると記載したメモを目の前で消してもらう。最後にそれをまとめて入力する。

 集金に廻ると聞くのが次のセリフである。

「今お金無いから後で支払いに行く」

 もちろん支払いには来ない。ついに三か月分のツケが溜まったのが三人。

 名前を大きく張り出した。『これが三か月分の滞納者です』

 全員慌てて払いに来た。驚くべきことに三人とも女性である。

「嫌ねえ。いま払おうと思っていたのに」

 ぶちぶちと文句をつけられた。

 三か月溜めておいてその言い訳はねえですぜ。姐さんたち。



 弁当にはだいたい二週間に一度の割合でゴキブリが入る。弁当屋は三つの店をローテーションしていたが、どの店の弁当にも満遍なくゴキブリが入る。

 その場合はお店に電話すると同じ弁当を2個持って慌てて届けに来る。

 お仕置きとしてその店はそれから一週間は弁当屋のローテーションから外されるのがルールだ。


 弁当屋は月決めの支払いの際にどこも一割をターンバックしてきた。

 このお金で飲み代を驕れと言う人もいたが、公私混同はしないのが私のポリシーだ。言い出したのが先輩なので強く断れず、じゃあそうしましょうと飲みに行って、こっそりと自分のお金ですべて払った。


 こうして二年の業務で溜まったお金は約二十万円。

 本来貯めた金は十万円なのだが、ある時係のMさんが弁当屋に支払いに行ったら、もう今月分は貰っている。確かに先ほどMさんが来て支払っていったと言われた。間違いでしょうと確かめたが弁当屋は最後まで金を受け取らない。

 謎の事件である。しかしドッペルゲンガーとしては大変に有難い部類だ。

 これで合計二十万円となり、結局最後の課の解散のときのお別れ会の豪華中華料理に化けた。


 雑用を一切しなかった連中までそのご相伴に預かったのは納得がいかなかったことは書き留めておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る