第9話 働き者

 F主任は腕の良い技術者であり、また同時に驚くべき働き者であった。

 朝から晩まで休日も平日も構わず働き続ける。

 まさに社畜の鑑である。


 だが問題が一つあった。

 自身が働き者であることは良いのだが、それに他人を巻き込むことだ。

 彼の部下になると常に深夜残業に付き合わされる。私語も一切禁止だ。笑っているとサボっていると見なされる。

 このとき上から目線で嫌味を言うのだ。今で言うパワハラだ。

 だから誰もがこの人の下で働くのを嫌がった。


 部下が夕刻五時の定時になって帰ろうとするとすかさず嫌味が飛ぶ。

「おや? 今日は早退か?」


 部下は仕方なしに夜遅くまで彼の残業に付き合わされる。

 夜の10時には15分だけ休憩時間が設けてある。

 四時間に渡って仕事机から一回も顔を上げずに仕事をしていた部下たちもようやく少し休めると安堵する。そこへF主任の声が飛ぶ。

「おう、もうすぐ十時か。もう少しだから休まずやるぞ」

 そのまま十二時になるまでぶっ続けで仕事をさせられる。辛いことこの上ない。



 さて、F主任は誰もが仕事中毒だと思っていたが、それが違うことが後に判明する。

 F主任は同期の人物と出世競争をしていたのだ。そのためには部下をこき使い、管理職に向いていることをアピールする必要がある。実際にはそれは逆効果で、せっかく課が手にいれた人材が辞めてしまう要因になるのだが、そんなことは考えない。自分は仕事が苦にならないからだ。

 同期の方が先に課長になるとF主任の狂ったような仕事ぶりはパッタリと消えた。

 彼はなんと定時退社をするようになったのだ。

 そうなると納まらないのはこき使われた部下たちだ。

 せめてものことにと定時で帰ろうとするF主任に声をかける。

「おや? Fさん。今日は早退ですか?」


 出世競争のために赤の他人をこき使う。まさに恥たる行いである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る