第2話 タダ残するは我にあり

 会社に入って二週間は新人全員で教育研修だった。

 簡単なプログラミングの授業に加えてパソコンへの打ち込みなどを習う。

 ソフトウェア工学部出身者にはまったく意味がないが十把一絡げでの教育だから仕方がない。驚くべきはこれぐらいのことも初めてという大学出の新人が大勢いたことだ。


 この教育の間は毎日宿題が出た。定時で帰って寮の中で簡単な論文などを書いて提出するのだ。

 おいおい、個人の時間を勝手に使わせるんじゃないよ。そう思ったが新人が文句を言えるわけがない。教育部の心象を悪くしたら望み通りの配属にならない可能性がある。

 最初の給料を出すとき教育係は鼻の頭を膨らませてこう言った。

「これはあなた方が働いていない期間に対して出ているお金です。本当なら今回の給与は出ないはずなのです。有難く思うように」

 私は生活資金として奨学金を貯めていたが、大学をぽっと出たばかりの新人にお金の余裕があるわけがない。初回の給料日に給料が出ないなら、一か月後の給料日までどうやって食いつなげというのか。その方が問題だ。

 何よりそうするのはこれから新人社員たちが売上を上げ、その上前をピンハネするのが目的なのだから別に会社が威張るようなことではない。

 それ以上に教育係がまるで自分のポケットマネーからお金を出しているかのように威張っているのが私には理解できなかった。

 お前が決めたことじゃあるまい?

 もちろん黙っていた。私はチキンだからである。


 教育が終わり配属になって二日目、工場へ休日出勤が命じられた。

 おう、これで残業代が稼げる。そう考えて日曜の朝から工場に出向く。

 このときはまだ試用期間中は残業代は出ないと知らないのだから、これは課長がふざけた野郎だという事だ。もちろんこれは違法な業務命令である。

 ちなみに工場ではこれも休日出勤をしている男と女がずうっときゃあきゃあと遊んでいた。二人で一日かけて出荷するパソコン四台の試験作業を片付ける。なるほどこれではヘルプが必要になるわけだと納得がいく。

 その日、こちらは一人で十三台片づけて帰った。

 まあ、お金になるからいいや、と考えていたそのときの自分をぶん殴りたい。


 この会社では出張の移動時間は勤務時間とならない。

 先輩たち四人が休日に片道四時間かけて仙台の工場に手伝いに送りこまれる。向こうに着くと先行していたF主任が一言。

「おう、お前ら。問題は片付いたからグズグズせずにもう帰れ」

 ここで帰ったら行き返り一日を潰して一円も残業代がつかない。帰れ帰れと喚くF主任相手に先輩たちは粘りに粘って一時間分だけタイムカードを押して帰った。

 このF主任は勝手に課長の役目を任じていて、成績(?)のためには部下にヒドイ扱いをするのをためらわない人だった。

 これ以降、先輩たちは一度会社に出社してタイムカードを押してから出張に行くようになった。これなら移動時間も業務時間に繰り込まれることになる。


 だがそれでも・・・

 新製品で業務が激化し、部門の皆が残業月百時間の制限を越えてしまった。

 次の日から定時になると各課の課長が音頭を取って全員でタイムカードを打たせた。

「よし、みんな、タイムカードは押したな。よし、仕事に戻るぞ」

 もちろんこれは違法である。

 その内、この作業が面倒になったのか、皆のタイムカードを課長が持つようになった。時間になると課長が全員分の出勤のタイムカードを押し、退勤のタイムカードを押すのである。

 もちろんこれは違法中の違法である。


 一流企業と呼ばれてはいても内実はこのようなものであった。

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