その笑顔を見たい
請け負ったのは音川莉織を守ること、サポートすること。だからその中に、音川の見れなかった景色を見に行くというのも当然入っている。ならば行くだけだ。俺が行きたいとこでもあるのだから。
「……そうね、貴方が一緒なら行くわ」
ほんの少し考えると、すぐに承諾が返ってくる。
「当然一緒だ。家の近くに色々とあるっぽいしな。今日はハンバーガーを食べたい気分だけど、お前はそういうジャンクフード食べたりしないのか?」
「健康には気をつけるけれど、普通に学生っぽく食べる時は食べるわ」
「よし、それならいいな。ゴミカス撃退の話とかしながら食べるか」
「趣味悪いわね。でも貴方らしくもあるわ」
「どーも」
そうしてお互いに初日を乗り越え、お互いに初めてのバーガー専門店へ向かった。夜はそれなりに人が多くて、特に目立つのが配達員。外に出向いて買いに行く手間を省くデリバリー機能はよく俺も利用するから、こうして並んで効率よく動こうと頑張る姿を見るといつもありがとうと思うものだ。
店内に入れば、それでも人は多い。注文慣れしてる人が大半なので、すぐに俺たちの順番がやってくる。その前に決めてスムーズに済ませたいが。
「何見てんだよ」
音川は初めてだと分かるよう、店内に入ってからソワソワして右往左往視点移動させていた。それだけ興味をそそることは無いと思っても、以前からこういう学生らしいことに興味を持って、してみたいと思っていたならば話は別だろう。
こういう一面は女王気質なんて全く感じることなく、ただ年相応の可愛らしさを見せる16歳の女の子。普通に顔がいいので可愛い。
「……こういうとこ初めて来たから、ちょっと新鮮で……」
「親とは?」
「父さんは忙しくて母さんは海外だから、ここに来る暇なんてないのよ。それに父さんが少し過保護だから、必要最低限の外出はしてないわ」
「よくそれで生きてこれたな。メイドさんとか執事さんとか居なくて大丈夫だったのか?」
必要最低限ではなく、十分な生活を過ごせるだけの。
「幼稚園児の頃は先生が家まで送り迎えしてくれて、小学生の頃は父さんが専用の人を用意。中学高校はこうして歩いてて、これまで問題はなかった。家事も幼い頃から自分でしてたし、私に関わらないだけでお手伝いさんは居たから、何事もなく生きてこれたわよ」
「お前って強いな。尊敬する」
俺は1人が苦手だ。誰かを守っていたり、誰かを支えていないと、自分の存在意義がないように思えるから。
だから、1人という世界を幅広く幼い頃から知る音川は強いと思う。周りの意見に流されず、固く強い意志を持って断固として自分を貫く姿は、俺には無いからこそ憧憬の対象だ。
「ありがとう。私も貴方を尊敬しているわ。出てこないけれど」
「おい、少し期待した俺の高揚感返せ」
「冗談よ。私を支えるという約束を、しっかりと果たしているとこは尊敬してる。口だけじゃないって、今日改めて分からされたわ。ありがとう」
「この程度で感謝してると、この先何回も感謝することになるぞ」
「その方がお互いにいいことじゃないかしら?」
「まぁな」
俺と話す時だけ目を合わせるから、視点が右往左往しないで会話にだけ集中してくれる。静謐さと鷹揚さを合わせたような音川特有の雰囲気は、やはり惹き込まれる魅力の1つだ。
「で、そんな話をしてるともう次だぞ。決めたのか?」
「デリバリーで結構食べたことあるから、迷うことでもないわ」
メニューではなく、この雰囲気や内装を見て感動していたということ。元々メニューで悩む人じゃないことくらい、今日の学食で知ったのを忘れていた。
俺の脳は未だに音川のそんな小さなことを、記憶する価値がないと無意識に判断したらしい。これがいつか、無意識の中で大切なこととして、音川のことを1つずつ知れると万々歳だ。
そんなことを思って、俺たちは注文を終えて待ち、受け取って好きな空いた場所に座る。テーブルではなくカウンターが空いていて良さそうだったので、正面をスケスケのガラスに向き合って座った。
ちなみに今回も俺がおぼんごと運んだので、しっかりと感謝は伝えられた。
「「いただきます」」
両手をズレなく合わせる。音川は礼儀正しいのでそれくらい普通。凡事徹底とも思わないくらい無意識の行動なのだろうが、丁寧に合掌する人なんて周りを見ても居なかったとこから、それだけ人として完成していることを分からされる。
「どうだ?美味しすぎて涙止まらないか?」
一口食べるのをわざとずらして横から見て聞いた。
「涙は出ないけれど、家で寂しく食べるよりかは美味しいと思うわ」
顔が僅かに笑顔になったように見えた。
「それは俺っていうカッコよくて優しくて、悩みを振り払ってくれた紳士と一緒に食べてるからだろうな。感謝してくれ」
それは笑顔を見たから何故か気分が良くなって出た冗談だった。だからどうせ適当だし適当に返されると思った。でも違うらしい。音川にとって、ここに来たことの幸福度は、俺には計り知れなかったようだ。
「ふふっ、そうかも知れないわね。ありがとう」
不意の笑顔。それも曖昧ではなく心の底から出たような可憐な笑顔。嫣然とも言える、見たこともするとも思っていなかった、至高の笑顔だった。
それを見て心が動くことはない。ただ、そんな顔もするのかと思って高揚感が生まれたのは理解した。俺の中の支える原動力。その1つである、仕える人からの感謝。それを一心に受けて俺は、一瞬固まって驚きを隠せない状況に居た。
「……お前、ずっとそう笑ってろよ」
「ん?どうしてかしら?」
笑顔を指摘して恥ずかしがると思っていたが、これまた予想が外れた。もう見せてもいいと決めたのか、その笑顔の余韻は未だ残っていた。
「その方が可愛くて、ホントのお前って感じがするから」
「それはつまり、今までの私が可愛くなかった、と?」
「面倒な女みたいなこと言うなよ。ただ、仮面をつけないお前を見てるようだったからそう言ったんだ」
笑う姿に偽りを感じられなかったから。
「っそ。なら今から毎日貴方の前でずっと笑顔で過ごすことにするわ」
「そういうことじゃない。怖いだろ、大人しいお前がずっと授業中笑ってたら。お前じゃなくても怖いけど」
「ふふっ、確かにそうね」
「それ、それだ。その自然な笑顔を常日頃から……いや、もうなんて説明するのが正解なのか分からないな。とにかく、陰気じゃないお前の笑顔を、所々で見たいってことだ」
「善処するわ。活躍した下僕の意見だもの」
「はいはい、あざーっす」
冗談も言ってくれるようになった今、こうして普通に俺と冗談を出して会話ができることを心から嬉しく思う。とはいえ、ワガママで下僕として俺を扱うことに愉悦を覚えたのは、少々俺からすると厄介だが。
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