寄り道しよう
「この今が、貴方の言った未来の結果なの?」
校門を出て、早速帰路に着く俺たち。音川からは普通の質問を聞かれるが、先輩の声ばかり聞いていた俺にとっては、音川の心安らぐ声色はとても落ち着く。
「うん。こうなるだろうと思って行動したぞ」
「へぇ。よく短時間でこんなにも上手く事を運ぶ算段がついたわね」
「昼休み、先輩は俺の胸ぐらを掴んだだろ?その時、会話も少なかったのに手を出すのが早いと思った。相手がどれだけの人間が知ることもなくな。だから暴力に出やすいタイプだろうなって思ったんだよ。そこからどこが人目につかないかって考えた結果、昼休みの残り時間使って学校の死角を探して、録音機とスマホを置いたってとこだな」
「よくその予想が全部当たったわね。未来視?」
「いや、あの時はまだ確信してなかったから、他に作戦は考えてた。でもその後に色々合致したんだよ」
選択肢は常に3つ用意している。しかし今回は完璧にいくだろうと1つだけだった。とはいえ、時間がなかったので1つで十分だと甘えた俺が居たのも事実。
結果上手くいったが、読みが外れていたら、音川が今頃怪我をしていた可能性もある。用意周到は絶対だ。
そう反省しながらも、俺は今回どうやってこの結末にたどり着いたか説明を続ける。
「食堂に行ったら気づいたように、お前を睨む生徒も、俺たちも含めて食堂に居た生徒たちは基本2人以上のグループで食べていた。でも先輩は1人で食堂から出てきた。つまり友人が居ないのでは?と思ったんだ。そして先輩の体。全体的に見たら普通なのに、右腕だけ筋肉がついていた。それはテニスをフォアハンドバックハンド共に右腕でする人の筋肉だった。重い玉を返す分、片腕だけに力を使うから筋肉も従ってつくような」
片手に剣、片手に盾。その騎士と同じだ。右手に剣を持つなら、左手より筋肉がつく。テニスのバックハンドは両手で打つ人が多数派と聞くが、片手も稀ではないと聞く。その部類だろう。
「バドミントンとかは?同じじゃないの?」
「バドミントンはシャトルが軽くて、先輩のように筋肉を片腕だけつけるには足りないんだよ」
「っそ。で?それが何と関係しているの?」
「テニス、仮にバドミントンとしても、今は6月1日。高総体の開会式が明日だ。会場はここから結構離れた場所だから、開会式に出場する生徒はもう移動してホテルに到着している頃だろうな」
「……なるほど」
テニスとバドミントンの選手は、共に開会式に我が校代表として出る。つまり、今この場に先輩が居ることはおかしい。
2年2組から生徒が出場することはなかったが、3年生からは多くが今日、登校をしていない。いや、登校はしても教室で授業を受けていないのだ。
これら全てあくまで仮定の話だが。だがその考えにそって思考すると見えることもある。
「でも先輩は昼休みもここに居た。すぐに俺に手を上げる短気、学食を1人で食べる状況、開会式出場の移動に不参加。おそらく先輩は、高いプライドを周囲に見せていて嫌われていた。部活でも自分の居場所を見失って自主退部したか、今回のように暴力事件を起こして退部させられたか。高いプライド、すぐに暴力を振るう行為、どちらにせよ、近いうちに接触して鬱憤なりなんなり晴らそうとしたのは、整理したら分かった。そして見知らぬ生徒が来て暴力を振るわなかったとこから、人目を気にすることも分かった。だから選択肢を絞って、さっきの校舎裏と駐輪場の裏と体育館裏に録音機とスマホを置いた。可能性が高い場所にスマホで、完璧にハマったってとこだ」
「……観察力……んー……キモっ」
「褒め言葉ありがとう」
「私の時もそうだったけれど、よく覚えて整理して答えに近い最善の案が思いつくわね。それもギフテッドの力?」
「うん」
「うぇ……キモっ」
「おい」
頭をコツンと軽く叩く。
それにしても、この世界ではギフテッドが途轍もなく有効だと知った。常日頃から命を狙われないということもあって、思考する選択肢が圧倒的に少ない。
失敗しても命が刈り取られないという安心から、その分冷静に最適解を思考できる。そんな今の俺は、この力を使うならやはりこの人だけだと、改めて冗談でキモがる音川を見て思った。
冗談じゃないならそれなりに対応するが。
「私は運動ができない分、それなりに賢くなろうと勉強をしたわ。でも貴方のように考えることは無理。失礼かもしれないけれど、ホントに病室で長年過ごしたとは思えないわ」
「種類が違うだろ。俺は観察して結論を結びつけることに長けてる。でも学力は普通。ギフテッド頼りで記憶力が良く、理解が早いだけで、それを活かすか否かは別だ。実際、今日習ったことは実験以外覚える価値がないってことで、何をしたかも曖昧なくらいだしな」
「建前はいいわ。それで、本音は?」
「お前なんて下の下、足元にも及ばない雑魚だって思ってまーす」
その瞬間、鋭く睨まれる。本音を言えと言われて従えばこれだ。しかし杖が武器にならなくてまだよかった。
「……冗談です」
「じゃないと明日の朝はどこかの路地裏のネズミと一緒に起床することになるわ」
「こっわ」
実際は音川の方が賢い。理由は単純で、俺が異世界人だからだ。この世界の過去について、小学中学高校2年までの今で習うことは一応全て見て記憶しようとした。それでも覚えられるのは数少ない興味を持ったことだけ。
言語が何十も存在すると聞いた時は驚きも驚きだった。そんな学力向上も望めない俺が、真面目に勉強に取り組んだ音川に勝つなんて、多分今後もないだろう。
「さてと、今日は早速面倒も片付いたし、寄り道して帰るか」
「え?」
「なんだよ。病室から解放されて俺も行きたいとこは無限にあるんだ。今日は遠回りしようぜ」
反応から察するに、音川は常に学校と自宅を最短距離で通学帰宅していたのだろう。そうしないと遅刻するし、夜遅くなるし、何より危険が伴うから。
だから俺の提案に、何故?という疑問と共に、良いの?という嬉しさも含まれた疑問が生まれていたようだ。顔を見れば、口角の上がった珍しい音川がそう教えてくれた。
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