あれは何でしょう?
正直人と喧嘩をしたくない。殴り合いとか暴力をしたいとは思わない。だが、したくないだけで、しなければならない状態にさせられたなら話は別だ。
相手が挑むのだから、手加減をする必要がない。それは俺にとって退屈しのぎとしてとても重宝されること。だからやる気はある。溢れるくらいに。
「ねぇ、やっぱり話し合いで落ち着かない?暴力とかさ、証拠が残らないからっていっても痛いだけだろ?」
「俺は痛くないが?」
「だとしてもさ、もし俺がもう1つ録音機持ってたらどうすんの?」
そこでピクっと動揺した。勿論そんなことはないが、探る手段もない。
「いいや、ないな。お前はどこか自信があるように見える。そんなやつがもう1つ持ってるとは思えねぇ」
「音川が持ってたら?」
そんなこともない。
「それもないな。だが証拠もねぇから、取り敢えずお前をぶん殴ってその後に考える。莉織はとにかく足が遅せぇからな」
「それじゃお前、永遠と考えられないな」
「どうだろうな!」
煽りが有効なので、煽ればすぐに飛びかかる短気な先輩。もう自分の憤怒だけを原動力に、暴力に耽溺しているらしく、真っ直ぐグーパンをぶつけようと腕を伸ばしてくる。
でもその時点で決着だ。先輩の伸びた右手が、亀のように遅く進む処理をすると、右肩に手を伸ばして先輩の肩を外した。右腕は無力となり、その瞬間俺の横顔を素早く抜けると、二度と上げられることはなかった。
「――ん?!」
「ありゃりゃー。殴ろうとしたのにもう疲れたんですか?その自慢の右腕くん」
「てめぇ……何した!」
「右肩をほぐした、いや、ほぐしてやった、が正解かな」
外傷が目立たない方法の1つ。暴力を振るわれたという言い訳をされないように、今は顔面を殴りたい気持ちを抑えて対応する。
「肩って外れると意外と大変だよな。骨折より痛いとか聞くし。まぁ、外し方が天才的だから、そんなに痛くないと思うけど。それでも立って殴りかかる力は振り絞れないだろ」
「てめぇ……治せ!」
「いいけど、そんじゃその前に1つ」
片膝ついて痛みをこらえる先輩の首に腕を巻き付けて、顔を固定すると操作して視線を動かす。この時反撃されたなら、対応は勿論するつもりだった。しかし思っているより痛みが大きいのか、先輩は唸りながら従った。
「はい、今お前の目線の先に何があるでしょーか」
「……校舎だろ……うっ!……んだよそれが!」
「正解だけど違う。よく見ろよ、こっから見える場所に1つだけ窓ガラスあるだろ?音楽室の隣の楽器室だ。ここを唯一見下ろせる場所。んで、その窓よーく見たら、何か窓の奥に見えないか?」
凝視したら分かるが、痛みにこらえながらだと何か分からないだろう。だからどうせ見えないんだし、と、俺は首から手を離した。
「……だから……それがなんだよ!」
「……スマホ?」
ボソッと音川が。
「流石だな。正解はスマホ。しかもあのスマホ、なんかカメラこっち見てないかぁ?盗撮かなぁ?いや、でも俺のスマホと機種も色も似てるよなぁ?もしかして俺のスマホかなぁ?」
ここまで言えば、煽られても痛みの中でも結論は出るだろう。全ては手のひらの上だった。ここに来ることさえ先読みされていたということが。
「……は?……どういうことだよ」
そう混乱する先輩に近寄り、もうこれで十分だと右肩を元に戻す。慣れた手つきは多分、普通の人間として記憶されはしないだろうな。
「どうもこうも、プロレスだったってことだよ」
予め台本があった。そういうことだ。
「はぁ?……わけが分からない」
「突然のことに理解が追いつく方がおかしいんだ。今はそうやってアホ面で居てくれた方が似合ってる」
「……俺はまた……してやられたのか?」
「そういうことー。お前を信じたのは音川なのに、何故お前を信じてない俺が、音川の命令だとしても、今この場で、更にお前の目の前で大袈裟に録音機を壊したのか、それを意図的だと思えばまだこの状況より立場は良かったのかもな」
憤怒に加えて冷静さがあれば、きっと今頃お互い分かり合えた。でもそれは、たらればの話。こうしてゴミカスはゴミカスらしく、似合った結末を迎えたということだ。
我ながら清々しいくらいに大成功だ。
「どうする?俺はそんなに足は速くない。今すぐダッシュで取りに行くなら俺は負けるぞ。ほら、楽器室にダッシュで行けよ」
「……どうせ無理なんだろ」
「えぇー、走れよ。ホントにあれ取られたら終わりなんだからさぁ。面白くないだろ?」
「黙れ。もういい。他に策がありそうだからな」
力でも勝てず、頭脳でも勝てず、己の矜恃にだけ突き動かされた男は、もう完膚なきまでに淘汰されていた。顔色がすんごい悪い。
「はぁ……つまんな。まぁ、録音機と家のパソコンを繋いでるから、録音機壊しても内容は家のパソコンに入ってるし、今取り入っても無駄足だよ。教えてあげる俺優しいな」
「……クソっ!」
「はい、ってことで、暴力も振るったのでお前の完敗。お前と関わらないって音川が言った時から決まってたけど、退学してくれよ?この件に関して、俺はお前の家族や社会に吹聴することはないから、取り敢えずこの学校から適当に理由つけて自主退学してくれ。それを守りさえすれば何も文句は言わない。俺は、だけど」
お前はどうなんだと、本当は全て自己解決すべきだと懊悩していた音川に目で問うた。すると安心が全面に見える相好をして言う。
「それでいいわ。スカッとしたし」
「だそうだ。今週中に頼む」
「……あぁ……分かった」
承諾しても、嫌だという気持ちや悔しい気持ち、それこそ憎悪に似た感情まで見えた。それでも反抗しないのは、もう諦める気持ちが圧倒的だからだろう。
一気に形勢逆転。今度は先輩が悄然とする人生を歩むことになったというわけだ。気分がいいことこの上ない。
「それじゃ、ここに呼び出した件は終わったってことでいいですか?」
「……そうだな」
両膝を地面から離さない。退学は両親に知られるだろう。その時の言い訳を考えるのに苦労しそうだ。
「よし、面倒も終わったし、スマホとか持って帰るかぁ」
そうして中々動かない先輩を背に、音川と共に俺は再び学校の中に戻って、証拠として頑張ったスマホたちを回収した。
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