別に問題じゃない
「……何を言ってるんだ?」
「何って、まさか音川がこの件を解決したってことにしたら、お前が音川につけた痣や傷も精算されると思ってたのか?」
「いや……だが、これは俺と莉織の件で……莉織が赦すならそれでいいだろ?」
「いや、全然だけど?」
きっとここで終わることで、先輩は確実と言えるほど今後イジメを初めとした関係を築くことはないだろう。いや……定かでは無いか。とにかく、俺は俺だ。俺の考えがあって、今この場で音川を傷つけたということが事実として確定した以上、その代償は支払うべきだと考えた。
「お前にも見えるだろ。音川の左手だけじゃなく、手をつくことに慣れた右手にも、確認可能なだけでも2つの痣がある。それを見て、はい万事解決ー、なんて甘い世界じゃないぞ」
「それは……そうだな。だから、俺も今後全身全霊で莉織をサポートするつもりだ」
「犯罪者が被害者の隣で今後の生活を支えるって、そんな恐怖があってたまるか。気持ち悪い」
つくづく自分が最低限の被害で済むように考える男だ。
「なら、どうしたら赦されるんだ」
「赦されない」
即答だった。
「……は?」
「普通に考えて普通の気持ちで分かるだろ?何度も繰り返し、悪いと理解していながら他人に暴力を振るった。そんな行為が赦されると思うか?いいや、絶対にない。だから人は過ちを犯すと、これだけの事をしましたすみません、ってことで代償、対価を払うんだ。赦されて終わりなら、お前は今後も何度も同じ過ちを繰り返す。今ここでそれを止める為にも……そうだな、意趣返しとして手のひらに痣を作るか」
普通の人間の感性、倫理観、道理、道徳心などでは、暴力はしてはいけないことだとハッキリ分かる。それなのに、その事に気づかないふりをして自分勝手に欲を満たす為の行動の1つとして暴力を振るう。
そんな人間に、赦すという口約束のような戒めだけで、今後も同じことを繰り返させない保証は皆無だ。だからここで止める必要があった。因果応報とやらを知らせる必要が。
「別にいいわ」
しかし、それでも優しい音川はそんな俺を止めると思っていた。その矢先、思い通りで同時に残念な気持ちが複雑に絡み合う。
ホント、どれだけ優しいんだか。
「えぇー、よくないと思うけどなー」
そう言いながらも、左肩に手を置かれた俺はこれ以上言葉で攻撃することは止めて、音川と目を合わせるよう後ろを向いた。
何を感じているのか。それは本人にしか分からないことだが、スっと何かが消えたかのように整理が着いたような顔は、また自分を押し殺しているような過去の音川じゃないということを感じさせた。
俺は言われた通りに動く。一応は付き人で、この件に首を突っ込んだ側だから、必要以上は動かない。
「私のこの痣はもうそんなに痛くない。それに嫉妬やプライドであれこれ私にイジメを働いていたとしても、私は別に、それを私の性格のせいなのだからどうでもいいと思って過ごしてた。だから今後私と関わらないと決めてくれたらそれでいいわ」
大切な人を傷つけた者には相応の罰を受けてもらうことを当たり前とした生前の世界とは違う、この世界特有の優しさ。過去を完全に拭って赦すから、その代わり金輪際関わるなという戒め。生前ではきっと、今の音川の優しさを気味悪いくらいに思っていただろう。
「はぁ……だってさ。俺としては小指くらいバキってしたかったんだけど、主様の言うことを聞くことが俺のいいところだしー、もうそういうことでいいってよ」
思ったより気分は悪くない。やはり常に誰かに仕えていたからこそ、自分の判断よりその主の判断を大切にして考えを改めるのが、俺のいいとこであり悪いとこなのだろう。
「……そうか」
空気が一気に軽くなる。本当の安堵に浸れたのだろう。先輩の顔色もよくなっているように見える。
「なら、消してくれるか?その録音も」
「どうする?抑止力なくしてこいつを信じるか、それとも抑止力を持ってこいつを信じないか。決めてくれ」
「……悩むけれど、消していいと思うわ。反省しているようだし」
「うぃー」
「……ありがとう」
先輩の感謝を聞いて、分かるよう目の前で録音機を叩きつけて壊した。バラバラに散り、もう再生することもできない状態へと一瞬でも変わった。
だからだろう。再び先輩の雰囲気が変わった。
「ふっ……バカが。証拠を目の前で壊すとか有り得ねぇな」
「……え?」
信頼した本人は、刹那で消え失せた信頼に驚きを隠せない様子。こうなることを予測できる頭脳を持っていても、音川は最大の欠点として優しさを持つ。だから赦し、その可能性を考えられなかった。
先輩の発言や行動、それらにこうなる未来があっても、紐付けることは難しいのだ。
「マジムカつくわ。なんで俺がお前らに何度も頭下げなきゃならねぇ!あぁ!やっと溜まった鬱憤を晴らせるぜ!」
「な、何故?約束したじゃない……」
不安が肥大化する。この後高確率で、いや、絶対に暴力を振るわれることは見て分かる。
だからこそ、安心させる必要があった。
「お前なぁ、こうなること分かってただろ?」
「分かるわけないわ……えぇ……私……」
「大丈夫。昼休み言ったが、これには俺なりのプランがあるんだよ。次はそれを信じてそこで優雅に、私の下僕が世界で1番の下僕!って思う準備だけしてればいいんだよ」
俺の言い方、言葉、態度に安心を感じさせるよう言った。そこで落ち着きを取り戻させ頭の中に思い浮かべさせる。
ギフテッド。
脳の処理速度が人知を超えた存在として、力と力が相対するなら、その時は絶対に負けないことを思い出させるのだ。
「……し、信じてるわよ、下僕」
「うぃー、任せろー」
怯える音川を背中に、今度は先輩と目を合わせた。
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