満足
そんなことは今後どうにかなるとして、もうハンバーガーを半分は食べ進めた頃、自分でも言っていたように、音川は俺より先に食べ始めたというのにまだ半分にすらたどり着けていなかった。
マイペースがスローペースなのだろうか。だとしたら、普段歩く速さが遅いことを気にして、遅いということに敏感に反応して負い目を感じる音川が、それを気にすることなく食べていることは喜ばしいことだ。
「あの先輩、名前とか何も知らないけど、多分お前のことが好きだったんだろうな」
「……突然何を言うかと思えば、そんな気にすることでもないことを言うのね」
不快だったか、唯一分かった先輩のことをただ何も考えずに発したら、音川は心底どうでも良さそうに日頃の陰気を発した。
「そうかもしれないけどな、好きが原因でお前に嫉妬してあの問題に発展したなら、一応は気にすることだろ。今後もお前のその美しさに惹かれて同じことする人が現れるかもしれないんだし」
「否定はしないわ。でも、先輩にも私は好かれていると思ったことはないし、足の悪い私を好きになる人なんていないわよ」
「でた卑屈音川。顔が可愛いだけでも好きになる単純な人間は多く存在するもんだぞ」
「だとしても、今私に好意を抱いてる人なんて皆無よ」
「先輩」
「好きな人に暴力を振るおうとする人が居るの?」
「あれは俺に対しての暴力。それに先輩は、お前をサポートすることで罪を償うって言ってたしな」
俺が隣に居たから不愉快だった。その気持ちは何となく目付きや言葉で察せた。音川を名前で呼ぶことも、すぐに自信ある力で解決しようとしたことも、高い矜恃故に俺を酷く嫌悪していたように感じられた。
生前の騎士にも居た。部下の男女が親しい仲で、それを快く思わない男の副隊長が部下の男の配属先を変更させるという、しょうもない子供のような大人が。
その後配属先が変わった男を追って、女の騎士もその配属先に行ったが、何度も説得して無理にでも行かせんとしていた副隊長の様と言ったらもう、恥ずかしくて目を背けたいくらいだ。
うぅーっ、気持ち悪い。思い出すんじゃなかった……。
「それに、お前はお前の思ってるより魅力的な人間だぞ。いつも冷たく他人を避けてるのに、急に優しくなったりするギャップとか、ツンデレなとことか男からしたら付き合うことを飛び越えて結婚したいって思うくらいだ」
「そう?貴方もそう思っているの?」
「あははー、冗談はよしてくださいよー。普段下僕扱いされてる俺が、貴方様のような卑屈で面倒な女と結婚したいと思うわけないじゃないですかー。恐れ多いー」
「あら、それは残念。今日だけでも貴方の評価は格段に上がったと思っていたけれど、人を傷つける嘘を平気で言ってご機嫌取りするなんて、一気に下がったわ」
「でも逆にこの関係で結婚したいとか言ったら、お前嫌がるだろ。それに、対等な関係としての付き人をランクダウンさせて下僕にして楽しんでるお前が、傷ついたーとかよく言うわ」
「でも、下僕と呼んでいいと言ったのは貴方よ」
「扱いは許可してないでーす」
現代日本に似合わないことこの上ない。ハンバーガー専門店の中で、様々な技術の進化したこの世界。そこで時代にも合わない上下関係。もしこれを聞かれていたら、そんな関係が好きなマニアックな男女と捉えられてもおかしくない。
世間一般として、付き人はこの世界では珍しい。だからこそ、余計に今のこの会話は一般人にとって普通ではない。痛々しい子供心の抜けない男女と思われるのは好ましくないので、一旦下僕云々の話は終わるとする。
ちょうど俺は完食したとこだしな。
「この後どこか行きたいとことかあるか?今日は先輩のおかげで時間もないし行かないけど、あるならまた今度ここらに来ようと思って」
「それなりにあるわ。ショッピングモールとか行きたいわね。他にも未経験のことは行けるだけ行きたいわ」
改めて、恥ずかしがるスイッチはどこで切り替わるのか分からない人だと思う。マシンガントークは恥ずかしくて、普段行けなかった場所に目を輝かせて行きたいと言っているように見せるのは恥ずかしくない。
未だに胡乱な女子だ。
「まぁ、俺と同じか」
「そうね。考えるのも面倒になったら、貴方の行きたいとこに連れて行ってくれるのもいいわ。きっと楽しめる」
楽しみなことは本音から出ていて、だから恥ずかしくないのか。店内に入って輝かせた目を思い出すと、自然とそう帰結するのは不思議じゃない。
――きっと楽しめる。
それは何故出たのか、1ヶ月といえど最近まで多く会話をする機会はなかったというのに分からない。今日の件が、不安に蝕まれた音川を解放し、大きく心の安堵の要因として認められたのだとしたら、一応先輩にも踏み台になってくれたことは感謝したい。
「逆はないのか?俺が面倒とか、特に行きたいとこがないってなった時、お前が連れて行ってくれたり」
「あるわ。というより、多分その方が多いと思うわ」
「なら文句無しについて行きますよー」
「ホント、私のことが好きね、貴方って」
「好きじゃないと付き人なんてしてないからな。って言っても全部じゃないけど」
「十分よ」
一度として好きという気持ちを向けられなかった音川は、たった1つの小さな好意ですら満足した。人から好意なんて向けられないと思って育った故のネガティブ思考。それは俺が変えられるものなのか、いや、変えるものだと決めたのはこの瞬間だった。
「そんなんで満足するなよ。いつかはそのネガティブ思考も卑屈も、大人しく仮面してるとこも好きになってやるから、そん時に満足したって言えよな」
付き人として、付き従う対象が常に落ち込んでいたら不甲斐ない。俺は異世界人であり、心から支えたいと思った人を守り続けた人間。この世界で普通じゃないとしても、普通じゃないからこそ、音川に対して仕える意識を強く持って支える。決然だ。
そんな俺の現代日本に似合わない発言に、音川は少し驚きを見せてモグモグしながら目を合わせてくると飲み込んで言う。
「残念だけれど、私はネガティブ思考も卑屈も仮面も、貴方から好かれる頃には全てなくなってると思うわよ。私は貴方と関わることで変われる気がするから。だから、今の私に興味なんてなくていいのよ。興味を持つのは、いや、持たせるのはいつかの未来の私だから」
既に前向き、というわけだ。俺と出会った初日からそう決めていたようだ。1ヶ月前の顔と似て、誰よりも覚悟の決め方がカッコイイ。
「ならそうしてくれ。俺は今からネガティブ思考とかその他を好きになる準備しとくから」
「信じないというの?」
「いいや?カッコよくて優しくて気の使える完璧な俺は、変わる前のお前も好きになってやるって言ってんだよー」
「っそ。好きにしなさい」
「そうする」
当然、この好きに恋愛感情なんて皆無だ。そもそも幼い頃から仕えること一点に集中し、更には育てられた俺。恋愛感情の他にも欠如していることはあって、それに未だ気づかない状態でもある。
故にここでの好きは、人間としてだ。人柄や生き様、その人の考えや行動に対しての考え。それらを初めとした、友人と似た感覚。その好きを、今の俺は音川に持つことを決めていた。
「まっ、そんなこと言って、お前普通にいいやつで顔もいいから、時間の問題かもなー」
「仕方ないわ。私は貴方にとって相性が悪いようだし」
「さぁ、それはどうかな」
冗談を言われたから、それを本気で捉えたようにして曖昧に返す。音川はそれに深く突っ込むことはなく、ただニコッと微笑んだだけだった。
「さてと、それ飲んでゆっくりしたら帰るか」
「思ったより、放課後は時間の進みが早いのね。初めて知ったわ」
「俺も」
お互い満足。その意思は伝えて伝わった。
そして暫くして、いつもと変わらない駄弁を少しすると、俺たちはゆっくりとスローペースに帰宅した。店を出てからの音川の視線の騒がしさは、やはり可愛かったのが初日の強い印象だった。
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