証拠ゲット
「なぁ、主様」
「…………」
「なぁ、音川」
「何?」
下僕扱いするくせに、主様と呼ぶと反応しない。王様付き人ごっこをしている俺にとっては悲しい現実だ。とはいえ、授業が前半終わり、昼休みに入った俺たちの仲は朝と比べると明らかに近い。
だからと、昼休みなのにご飯を食べようとせずに本を取り出した音川に話しかけた。
「ご飯食べないのか?」
「ゼリーだけだから1分で終わるわ。いつ食べてもいいでしょう?」
少食を極めに極めたか。それとも元々の体質か。大食いには見えないが、1分で食事を終えるにしては、160cmくらいの身長は納得が難しい。遺伝だとしたら、母親を知らない俺には何とも言えないが。
ちなみに音川の母は海外常駐らしいので、会う機会はそんなにないという。
「えぇー。学食行こうぜ。俺何も持ってないんだよ」
「1人で行けばいいじゃない」
「日頃ワガママ言っては付き合わせるくせによく言うもんだな」
「下僕に従わせることが悪いの?それに、日頃私に色々言う貴方が実は寂しがりで私を求めないと学校すら通えない人だったなんて、これは1秒苦笑いする面白さね」
「全然じゃねぇか」
こんなに女王気質があるように感じるのは、きっとこれまで自分という自分を封殺し続けた結果なのだろう。幼い頃から禁止されていたことを、自由の身になった瞬間に許されることでひねくれた思想を抱くように。
「まぁ、あれだろ?どうせ学食行ったら人が多くて疲れるとか面倒だからとかだろ?それにゴミカスに会うかもしれないから、会わないように理由を作ってるってことも関係してそうだな」
「……気持ち悪いくらい正解するのね。何?私の事隅々まで調べたの?」
「調べてたらあの時捲ってねぇよ」
「それもそうね。洞察力というか観察力というか……とにかく普通じゃないのね、貴方って。気持ち悪っ」
「おい、余計な一言だぞ」
軽蔑の目と共に忌避の言葉。素直に受け取ると傷心しそうなので聞き流すことにする。それにしても昼食すらまともに食べれないとは。それだけ不安材料として大きい存在なんだと思うと、やはり淘汰するのは早いに超したことはないな。
「ほら行くぞ。俺が居るから何とかなるって信じろよ」
「……遠慮するわ」
「はぁ……あぁー、さっき誰かにケツを思いっきりしばかれたことクラス全体に聞こえるよう言おうかなーーー」
こうなれば強制だ。俺が全てを任されても、本人に心境の変化が起こらなければ何も解決しない。まずは簡単なことからでも踏み出して解決への緒を模索することが正しい選択だ。
「卑怯な手を使うのね」
「何とでも言ってくれ。俺はそれでもお前と学食に行くけどな」
「そんな無理しなくてもいいのよ?」
「無理じゃない。俺はお前と行きたいんだよ。ほら、俺にこんなカッコイイこと言われてんだぞ。ここは可愛く照れて素直にうんって言うとこだから、早く」
「……少し心揺れたのがバカバカしいわね」
「相手が俺だからな」
「分かったわ。行くわよ」
「あざーっす」
心揺れたということは承諾したということでもある。なんだかんだ付き添って自分なりに解決へと歩もうとする姿は勇敢だ。
そうして俺たちは学食を食べに行くには少し遅く教室を出た。各学年8クラス。横並びの教室の外に人は数えるだけだ。目に入るそれぞれが金持ちの子供とは、意外と恵まれた子供は多いらしいな。
そんなことを思いつつ、隣並ぶ音川と駄弁しながら向かう。その時だった。偶然が味方してくれたと思い、同時に音川にとっては会いたくないからこそ偶然が嫌がらせをしたと思わせる相手が見えたのは。
「――あれよ」
俺が反応を見て聞こうとする前に、音川は自ら言った。
「なるほど。やっぱり先輩か」
ネクタイの色が緑。それは3年生の代が着用する色彩であり、シューズの色も統一されているから分かりやすい。
「どうするの?私、話したくないのだけれど」
「無言で下僕を見守ってればそれで良いんじゃないか?」
「それじゃ、遠慮なく」
とは言うものの、真横から動くことはない。不自然に動いて相手を刺激したくないのだろう。微かな願いとして、俺が居るから何もしてこないという可能性を願ったか。
距離が近づく。先輩は俺たち2人に気づいた様子。180cmはある見た目。筋肉質ではないが、それなりに小柄では勝ち目のない相手。おっと、つい生前の癖で相手と殴り合いの勝負をする前提で思考してたな。
だが、その予想は間違いとも言えなくなりそうだ。お互い右側を歩くから正面衝突はないと思われたが、どうやら相手は道路逆走をする老害のように、距離が近づくと同時に俺たちの進路へ来る。
何をするのか、それをこの視界で捉えて脳で処理する俺は、既にいつでも何でも反応する準備は整っていた。
壁側に俺、先輩側に音川。それを考慮して何をされるだろうか。何処吹く風の先輩はもう手の届く距離にまで来る。そしてそこで見えた、先輩の左足が音川の足へと向かう瞬間。普通なら反応に遅れる。しかし横に立つ付き人は例外だ。
それを見て足をかけようとしたのを理解した俺は、十分と間に合う時間を経て、先輩と音川の足の間に右足を入れ込んだ。それに驚き躓こうとする音川の前に移動し、ふらつくのを両肩に触れて止めた。
「……あぁ?何してんだ?」
隣の俺を人畜無害と判断したのだろう。止められたことに少し驚き、それを隠すよう虚勢を張るように俺を睨んだ。
こっちの世界にも居るんだな……こういうの久しぶりだけどなーんか面倒そうで嫌だな。
生前では俺の相手が存在しないということから、こんな茶番は起こりえなかった。だからこの瞬間が新鮮で、同時に退屈だと感じさせられた。
「あぁ、すみません。こいつが倒れそうだったので、それを支えようとしたら先輩の足に当たってしまいました」
「それにしては、的確に俺の足に合わせて動いたように見えたけどな」
「俺の足?どういうことですか?」
明らかにとぼけるよう、顔を使って表情筋を豊かに煽るよう作り替えて顔を合わせて言ってやった。
「おい莉織。こいつは誰だ?お前の友達か?それとも付きまとわれてるだけか?今まで他人を避けたお前が、こんなやつを連れてるなんて意外だな。用心棒でも雇ったか?」
「…………」
音川は無言で目を閉じていた。俺に全て任せるという意思表示でもあることは、少ない時間の共有でも理解するには簡単だった。
「取り敢えず、邪魔をしたのは謝ります。ですが、この幅広い廊下を歩いてぶつかるような距離感を詰められては、後輩としてどうしようもないので、そこはご容赦ください」
再び煽るように嘲笑の時と同じ顔で先輩を見て言った。
「なんだお前。さっきからバカにするよう見やがって。それに俺が邪魔したみたいなことを言うが、廊下は自由に使ったらダメなのか?」
「え?不快にさせたならすみません。それに廊下のことに関してはその通りだと俺も思います。ですが、明らかに接触する気を感じるほどの行為は止めていただきたいという意味を込めたということを、どうかご理解いただけますかぁ?」
少し煽りの威力を強めたので、それが言葉にも現れたのは少しミスった。それでも、後輩が嫌がることを先輩に止めてと伝えるだけの会話に聞こえさせるには失態ではない。
そして上手くいった。俺の煽りが効いた先輩は、ムカついたのか俺の目の前に立って胸ぐらを掴んだ。
「舐めてんのか?誰だか知らねぇ相手には、礼儀正しく接するってことを習わなかったのか?」
「えっ、ちょっと。舐めてませんし礼儀は尽くしてるつもりですよ。なのに胸ぐら掴むなんてそんなぁ」
声では胸ぐらを掴まれて動揺している後輩だ。しかし顔を見れば、舌をぺろぺろっと出して煽りに煽ってムカつかせるだけのことを働かせたクソガキ。しかし
音川は目を開けて胸ぐら掴まれる俺を見た。それでも無言なのだから、少しは心配してほしいと優しさを求めたい。ってかなんなら楽しそうに見てるくらいだ。女王気質極まれりだな。
「お前何がしたいんだ?」
「それはこっちのセリフですよ。明らかにこいつに足かけようとして近づいたのは先輩じゃないですか。なのに逆ギレしたように何で俺の胸ぐら掴むんですか」
理不尽に迫られたから、それに対抗するよう先輩だとしても少々口悪く反撃するという演技。自然な流れとしては完璧この上ない。
「まさかこうやって、自分の気に食わないことをこいつにぶつけてたんじゃないですよね?」
「あぁ、そういうことか。お前、莉織の彼氏か莉織のことが好きな正義感に溢れたやつか?」
「違いますよ」
「まぁいいか。で?それがどうした」
もうこれだけ聞ければ十分だ。俺は猫をかぶることなく素に戻る。ちょうど曲がり角の先、ガラスの奥にこちらへ来ようとする生徒が見えた。潮時だろうしな。
「よし、おしまい!今の全部録れたんで、これを材料に先輩のことをこれから揺さぶれます!いぇい」
胸ぐらを掴まれているが、軽く力を込めて跳ね除け、自慢げにクソガキ感を出してピースも付け加えながら言った。一部始終を録音していた俺は、もうこれ以上のお遊びは不必要と判断したのだ。ちょうど人も来る。
「……は?」
「音と発言から先輩が俺の胸ぐらを掴んだことは証明可能。その時点で暴力行為になり、先輩は最低でも後輩に暴力を振るったダサいゴミカスというレッテルが金輪際付きまとう。そしてこれを学校を超えて社会に出すと、どこぞの金持ちの息子が学校で暴力行為、という一家崩壊の危機が待ってるかもしれない。相手にしたのはあの音川ということも加われば」
先輩がどんな金持ちの子息か知らない。だが、音川という大企業の名前と、この学校での権力云々を把握していないことはまずない。
証拠に、動揺して顔色悪くなるくらいなのだから。
この学校特有の、親へ知れたらどうなるかという権力のお話だ。
音川莉織は性根が優しいで埋められた人間。だからこそ、イジメを親に報告しないこと、友人が居ないからイジメを知ることが不可能な状況にあることを先輩は知っていた。
その安堵の中で、突如として現れた謎の生徒に対して普通に接してしまった。それが最も悪手であることを忘れて。
実に気分がいい。
「どうしましょう。これ、消してほしいですか?」
「……お前……消せ」
「普通に無理でーす」
そこで更に煽るのは、どれだけ憤慨しようと焦ろうと、他人に見られてはいけないことを実行することの恐ろしさは、途轍もない抑止力だからと知っているからだ。それが今ちょうど学食を終えてこちらへ来る生徒。
「さっ、行くぞ音川」
「あら、あっさりね」
驚き薄く、それだけの信頼があるのかと思って、少し手を引いて先輩の後ろへ向かう。
「待て!……いや……」
予想は的中。止めようと振り向くと、その先には知らない生徒。暴力行為で力づくで取り戻そうなどと、今後を考えれば非常によろしくない。とはいえ、もう既に詰んでいるのでよろしくないが。
距離が先輩と俺たちで長くなる。追ってはこない。冷静になって今を分析。今後を考え自分の愚行にどうするかの答えを出そうと必死の様子だった。
「あれで良かったの?」
「いいや?ただこれは録音から暴力行為を推察可能にしただけ。だからイジメとは関連付けるのが難しい。それに、これまで音川をイジメてたのかーって質問に、それがとうした?って答えただろ?それだと嘘か本当か分からないしな」
「じゃ、なんで終わったのよ。生徒が来たから?」
「それもあるけど、更に追い討ちかけるにはあそこじゃ少々物足りないんだよ。それに、俺なりにプランも見えてるし」
「そう。私の為にそんな必死に働くなんて、流石は下僕の鑑ね。それで、この先どこまで見えてるの?」
「ん?この後録音機を奪おうと、放課後2年生の玄関で待ち伏せして、人気のないとこに行くか場所を変えて俺に接触してくるくらいまでだな」
「へぇ。中々面白いのね、長坂くん」
どこか上手くいきそうなことを感じたのだろうか。上機嫌に見えるのは俺の錯覚ではなさそうだ。
そうして、一悶着ありながらもどうにかなりそうなことに安堵して、俺たちは学食を食べに向かった。
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