裏切り者を高く吊ったあと

浅賀ソルト

裏切り者を高く吊ったあと

朝鮮戦争当時の虐殺の話になり、ヨンスが「俺はやってないけどみんなやってた」というようなことを言い出した。

取材に来た記者が「ほうほう」などと信じかけていた。

俺は嘘をつくなと言った。「ひどい時代だった。北朝鮮に協力したってことで村人が全員殺された。命令には逆らえなかった」

「嘘は言ってねえ。俺はやってない。ただ、止められるもんじゃなかった」

「嘘をつくな。証拠がないからっていまさら見栄を張るな」

「なんだとこの野郎」

「お前はどんどん自分に嘘をつくのがうまくなってるじゃねえか」

「まあまあまあ。喧嘩はやめましょう」記者はなんとか制した。

言葉は険悪だが俺達の年代はこういう喋り方をする。喧嘩しているように聞こえるかもしれないがこれが普通の会話だ。

「それで、虐殺についてはお咎めなしだったんですか?」

「最近は学校で教えているんだろ? テレビで見たぞ」俺は言った。

「私はお二人の口から聞きたいんです」

「お咎めっていってもなあ……」俺はヨンスの顔を見た。

ヨンスもうんうんと頷いた。「あまり覚えてないなあ。そのときのことは覚えているが、あとでどうなったかな?」

「全然分からないな。あとから話題にもしなかったからな」

「なるほど」記者は手元のノートパソコンにカタカタと何かを打ち込んだ。「思い出すことはありますか?」

「うーん」

「ほかの人の話ですと、疲れたとか、あと臭いを思い出すことがあるそうです」

「あー、臭いね。血の臭いはひどかった」

「それは覚えているな。アカの血だから赤いとか言ってたな」

「言ってた言ってた」ヨンスも相槌を打って笑った。

「あと、死体だな。人間って死ぬと途端に不気味な肉の塊になるんだなと思った。道端で横になっているんだが、そのうち慣れた」

「あれを集める係というがあとから来てな。あの仕事だけはしたくないと思ったね」

「そうだな。殺すのと、死体を運ぶのは全然別だった。触るのも嫌だな、あれは。殺すのはまだ単純だった。北の内通者だったからやらなきゃこっちがやられてたしな」

「そうそう。それをトラックに積んでいくのは本当にきつい」

「死体を憎むってことができないからな。なんとなく嫌な気分になる。死体の処理は」

記者はカタカタとキーボードを叩き続けていた。

「もちろん今はあれが邪悪なことだったと分かっているからな?」俺は記者に向かって念押しした。「ここはちゃんと書いておいてくれよ。みんなが殺してまわったが、別に北の内通者とかアカとかじゃなかった。ただ、ただ……戦争だったってだけだ」

「分かっています。私が今の立場から、ああすべきだったとかこうすべきだったとか言うことはないですよ。ただ、自分ではどうですか? ああすればよかったと思うことってありますか? それとも、同じことが起きたら同じことをすると思いますか?」

「難しい質問だな」

「こんなことやりたくないって人も多かったはずだ。だが止められなかった。もう一度起こっても止められるわけがない。あれはうねりだった。止めようなんてなるわけがなかった」

「というか、何人か殺して、このへんでやめておくかってことにはならない。記者さんも人間なんだからそこは分かるだろう? まだ生き残りはいないか、どこかにいないかっていって探しまわるようになる」

「一人を殺すとみんな次が平気になる」

ヨンスの言葉に俺も黙って頷いた。これには同意だ。

「というか一人で終わらせたくなくなるんじゃないかと思う。俺の友達も熱心にアカ刈りをしていた」

「そうだな。俺は、本当に殺したのかは自信がない。棒やなにかでみんなと一緒に滅多打ちにして追い込んだ。実際に殺したのは軍人じゃないかと思う。教科書だとそう書いてあるんだろ?」

「北の協力者は韓国当局が恣意的に虐殺したと書かれています。親日への虐殺は市民運動だったと」

「ということはうちの村にいたのは親日だったのか?」

「気に入らない人を親日ということにして虐殺したという記録もあります。そもそも、当時の社会情勢ですと、親日とか北の協力者だとかが悪いことかというと……どうでしょう? 普通だったのではないですか?」

「抗日は抗日だろう。親日が普通なんてことがあるか」

「そうだそうだ」

「そうですか」記者はここで一つになった俺達に意外そうな反応をした。「じゃあ、親日の人たちを狩り出していたんですね?」

「そうだな。元からあそこは親日っていうのは分かっていたからな。あの頃の動きで売国奴は殺せという話になってみんなが一つになったんだと思う」

「なるほど」

「みんな怒っていたからな。結局、ああなってしまうと、もう途中では止められない。女子供を殺す必要はまったくなかった。だからみんなあとからは話題にしなかったんだ」

「今でもネットでは、殺された人は殺されて当然というように言う人もいます」

「当然ではないよ。俺が見たものをそいつらにも見せてやりたい。あれが当然なわけがない。そいつらは何も見ていない」

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