第2話 王族。

《クロエさんですか》


「はい、何か」


 私は再び修道院へと入った。

 そこへ王族の方が慰問にいらっしゃり、1番目の元夫の正妻に刺された。


 私を刺した理由は、私を見掛けたから、と。

 どうやら元夫は公女とも離縁したそうで、私は何故か逆恨みをされ、外遊で来ていた元正妻となった公女に刺された。


 そして私は今、居る3つ目の国の王家に、保護された。


『俺は王族なんだけど、知ってるかな』

「いえ、最近来たばかりで、すみません」


『そう、君を暫く王宮で保護させて貰うよ』

「はい」


 彼はまるで夫の様に優しく、手厚く世話を焼いてくれた。

 けれど彼は既に妻が居る身、決して触れず近寄らず、立場を弁えていたつもりだったけれど。


《勘違いしないで頂戴》

「はい、滅相も御座いません、私を憐れんでの行いだと理解しております」


《口先だけで終わらせないで頂戴よ》

「はい、畏まりました」


 正妃様がお叱りに来て以降、最初よりは全てが少なくなりましたが。

 大昔よりは多い量の食事、侍女は1人付いており、その侍女は私を酷く扱う事も無い。


 私は、それで十分でした。

 痛い事も無いし飢えもしないし寒くも無い、そして幾ら眠っても怒られずに邪魔もされない、大昔に比べたら十分な扱いだと思っていました。


 ですが。


『どうして、この様な状態なんだろうか』

つつがなく、分相応の暮らしをさせて頂いておりますが、何か」


『元は、最初に居た侍女は3人だった筈だが』

「私は自分の事は自分で出来ますので、お仕事の有る場所へ向かわれたのかと」


『食事は、こんな物では』

「瘦せてはおりませんので十分かと」


『君は、分かっているんだろうか、君は人質では』

「はい、分かっているつもりです、全ては勘違いしない様にとご配慮頂いての事です」


『そうか』

「はい」


 ココで確かに私は十分だと、お伝えした筈なのですが。


『今日の食事はどうだっただろうか』

「あの、毎日来られても困りますし、そもそも食事は以前の状態で十分だとお伝えした筈ですが」


『スープと固くなったパン、僅かな肉だけでは』

「お菓子は頂いておりますし、スープにはお野菜が沢山入っておりましたし、お肉も少し入ってします。パンは柔らかい方ですし、お肉だけでは無く偶にお魚も頂けておりますので。幼い頃に比べれば十分、瘦せずにいられておりますので、十分です」


『好ぶ、いや、食べ易いと思える料理を教えてくれないだろうか。最近になって君と同じ出身の者が尋ねて来たが、少し体を悪くしているんだ』


「説明不足も出るかも知れませんが、ご了承下さい、厨房には入れませんので」

『構わない、頼むよ』


「押し麦をミルクに漬け、暫く経った物を煮たのが良いかと。甘くするかどうかはお好みで、ハチミツやジャムか、薄切りにしたソーセージやベーコン、それかお魚の解した身を入れると良いかと。私は暫くそれで過ごしていたので、普通の方には物足りないかも知れませんが、弱ってらっしゃる時に良いそうです」


『君が食べ易かったのはどの味付けかな』

「少し炒ったソーセージ入りが好きです。それにクッキーが添えられていて、ハチミツが少しとナッツを砕いたものが入ってて、食後に頂いていました」


『つまり両方の味が好きなんだね』

「毎日食べられるなら、はい、好ましいと思いますが、野菜が無いので、細かく切った野菜のスープも有ると、体に良いと、思います」


『ありがとう、そうさせて貰うよ』

「いえ、お役に立てましたなら幸いです」




 賓客として招いた隣国の公女が、修道院に入ったばかりの者を害した。

 交渉材料に、と女性を保護したが。


 まるで少女の様な彼女は、笑わず泣かず、不満すらも口にせず。


『彼女は、どう、だろうか』

《幸いにも背を刺されていたのですが、お話を聞く限り、お体がお育ちになっていてアレでは。少し回復が遅いかも知れません》


 交渉材料としては申し分ない、だが。

 俺は僅かに良心の呵責を感じ、憤ってもいた。


 離縁後、修道院へ行き、そこで古い縁から婚姻を果たしたものの。

 夫は戦死し、更に古い縁により背を刺された。


 どうして追い出された側が恨まれる事が有る。


『調べるには、流石に情報が足りないか』

「はい、もう少し詳しく彼女からお伺い出来れば、と。ただ、正妃様が良い顔はしませんので」


『アレを傍に置く利点は、もう無さそうにも思うんだが、どうだろうか』

「であれば良い方法が御座います」


 クロエを過保護なまでに守る事で、王宮内の穏健派は勿論、民や修道院から温情の有る者とされ。

 更に側室にすれば情愛豊かな者と評される、そしてクロエを側室にする際の騒動で、内部の一掃を図る。


『であれば、王の許可を得るか』

「はい、連絡して参ります」


 抱くには至れずとも側室であれば、あの謙虚で控え目なクロエなら、不満が出る事も無いだろう。




「あの、困ります、正妃様に」

『クロエ、君は賓客と言っても過言では無い。どうか国の対面を保つ為にも、このもてなしを受けて欲しい』


「お品物は頂きますので、どうかココへ来る事は」

『賓客をもてなすのは正妃の仕事にも含まれる、良く聞かせておく、だからどうか彼女からのもてなしも受けて欲しい』


「はい、畏まりました」


 私は本格的に国との交渉材料にさせられるんだろうか。

 もう貴族位も無く単なる修道女だったのに、そんな価値が本当に有るんだろうか。


《図に乗らないで、と言った筈よ》

「申し分け御座いません」


 私には学も何も無い。

 また元の状態に戻っただけ。


 大昔の様に平伏し、床に頭を付ける日々が始まった。


 けれど鞭打ちは無い。

 相変わらず過ごし易い部屋に居られて、食事に過不足は無く、偶に刺繡が出来る。


 大昔よりは、ずっと良い。


『すまない、どうにも分からせる事が難しくてね』

「いえ、過不足無く過ごせておりますので問題は有りません」


『俺には不遇に見えるが、君には不遇とはならないんだろうか』

「痛め付けられる事は無いので、はい」


『君の話を聞かせて欲しい、君を良く知りたい』


 あの人も同じ様な事を言っていた、けれど何かが違う。


 その何かは分からないけれど。

 もう守る物が私には何も無い、私にはこの身1つだけ。


「少し、長く掛るかと」

『構わないよ、時間は作って有る』


「畏まりました」


 あの人の時と同じ様に、私は全てを正直に話す事にした。




『あの国は、あんなにも愚か者で溢れているんだろうか』

「一部領地でなら、相当の悪女が存在していたとなれば、やぶさかでは無いかと」

《あの状態からして、少なくとも真実でらっしゃるかと。お体の状態、それこそ髪から判断しても、妥当かと思われます》


 歯痒い。


 少なくともウチの国ではそう居て欲しくは無い存在、居てくれては困る、居てはいけない存在。

 だが。


『あの様な者を良く国外に出したものだ』

「全く同感です」


 クロエに公女、どちらにしても、アレでは。

 粗野で野蛮な国だと諸外国に思われるだけでは無く、人も神も恐れぬ愚かな王族が支配する国だ、と流布するも同義だと言うのに。


『だからこそ公女は、いや、それは無いか』

「流石にアレにそこまでの知恵は無いかと、愚かで浅はか、ココで以前の婚姻の経緯を全て話したのですから。アレに慮る事等は不可能かと」


 クロエの最初の夫が成果を挙げ王に謁見した際、公女が見初め公爵が手を回し、王命で妾として下賜させた。

 そして公女は正妻のクロエを脅し、離縁させたが。


 思い叶わぬ間に干ばつとなり、夫は公女の為だと離縁を上訴、王家は離縁状の事を知り公女を回収。

 そして今回、外交にと寄越したが。


 どうせ俺の妾にとでも言われての事だろう。


『アレもアレで、良く国から出せたものだ』

「あの日までは素行の悪さを出してはいませんでしたから、それなりに情が有り、それなりに王族としての最低限の振る舞いは出来ていたのでしょう」


『クロエは、良い試金石になったのかも知れないな』

「そうですね、かの国では彼女が出国して暫くしてから干ばつ、蝗害と立て続けに見舞われていますし」


『東洋で言う、福の神なのかも知れんな』

「かも知れませんね」


 なら、もし福の神で有るなら、どうして彼女は不幸に見舞われなければならないのか。

 だが俺こそが不幸を与えながらも、彼女に良い顔をしている。


 それが、とても歯痒い。




「困ります、どうかココへ来る事をお控え下さい」


 先日、長話をしてしまったせいで、とうとう侍女にまで食事が全く届かなくなってしまった。

 私の世話を望んてしていたワケでも無いのに、巻き込まれただけの彼女まで、酷い目に遭わせてしまった。


 全ては、私が頑なに拒まなかったから、と。


『そうしろと言われたのか』

「私の至らなさ故に今までご迷惑をお掛けしました、どうかお許し下さい」


 侍従や侍女、彼の前で平伏して謝罪をしろ。


 正妃の憤りは尤もだ。


 私もあの人が女の部屋に出入りし続け居座ったら、私も同じ立場で居られたなら、きっと不快に思う筈。


 私には謝るしか無い。

 何も出来ず、何の能も才も無いのだから、こうして謝る事しか出来無い。


『今日は下がる』


 そして以降、先触れが有ればお断りをし、かつ廊下で平伏し待つ事にした。

 先触れが無ければ逃げて回る、例え雨の日でも、窓から外へ。


 謝罪においては常に先回りをし、言われる前にそれ以上の謝罪を示す。


 姉のお陰で、家族のお陰で直ぐに侍女の食事は戻った。

 少しは実家の知恵も役に立つ事が有るのだな、と、少しだけ家族を思う日が出来た。


《あの、クロエ様》

「アナタはまだ育ち盛りだから食べないと、大丈夫、直ぐに食事は元に戻る筈。それに食べないのは慣れてるし、お菓子だけならまだ隠して有るから、お願い、食べて」


《すみません、ありがとうございます》


 隠していたお菓子は既に侍女に上げて無くなってしまったけど、私はもう大人だから。

 この子には、ちゃんと綺麗な髪で、そのままの髪で居て欲しい。




『どうして侍女に食事を』

「彼女は子供ですし、髪が綺麗なので、綺麗なままで居て貰う為です。私のこの髪は、栄養が足らずにこんな状態で、どう手入れをしてもどうにもなりません。そうなる前に、私はもう何度も結婚してますし、慣れてますから」


 敢えて放置しながらも、追い込み、追い込まれる様にと動いた。

 国民の為、国の為、王家の為に。


 だが、彼女の顔を見ると、どうしても良心の呵責に苛まれる。


 彼女は確かにこの境遇に耐えられている、けれど、コレでは。

 コレではまるで俺は、隣国と同じ愚かで卑しい者に成り下がっているのでは無いか、と。


『すまない』

「いえ、私は学も才も何も無いので、ご賢明な判断をして頂ければ十分です。どうか私の事はお気になさらず、そう苦でも無いので、どうか侍女の事だけをお願いします」


『分かった、すまないが、もう少しだけ頼む』

「はい、畏まりました」


 字の読み書き如きで、賢さは図れない。

 クロエは読み書きが不得手だが、少なくとも、俺の正妃よりは賢い。


「確かに彼女に学は無いですが、頭の良さや賢さは有るかと」

『あぁ、だからこそ早期に言っておくべきだった、侮った事を後悔している』


「致し方無いかと」


 王族なら、この程度の良心の呵責には耐えるべきだ。

 大義の為、真の正義の為に。


『だが』

「では、侍女を差し替えましょう」


『あぁ、王妃の侍女に頼むか』

「はい、直ぐに手配を」


 母の息が掛った侍女は、若い侍女とは違い上手く立ち回ってくれた。

 俺の正妃に阿り証拠を集めつつ、クロエを守ってくれた。


 そして。


『何故、俺が来たか分かるな』


 ココで素直に引き下がるなら、まだ、苦しまずに済むんだが。


《私に会いに来て下さったんですよね?どうして不機嫌な》

『そうか、最も苦痛を味わいたいか、連れて行け』


《お待ち下さい!私はただ》

『どうして国が滅ぶか、そうか、分からないからこそ、一連の騒動を起こしたんだろうな。良い機会だ、最後の公務をさせてやる、広場に人を集めろ』

「畏まりました」




 こんなにも大勢の人を見たのは、隣国の疎開以来か、それ以上かも知れない。


「あの、コレは」

『すまない、直ぐに分からせるから、少し待っていてくれないか』


「はい」


 正装の彼は処刑台に上がると、大きな声で話し始めた。


『この処刑台に居る女は、俺の正妃、だった者だ。彼女は愚かにも隣国の賓客を密かに害し、我が国の品位を貶めた。床に平伏させ食事を与えず、弁えろと喚き立て、侍女にすらも食事を与えなかった。有ってはならない事だが、彼女はこの1ヶ月、そうしたお行い続けた。その愚行を見逃していた事を、先ずは国民に謝罪させて欲しい、そしてこんなにも愚かな者をのさばらせてしまった償いは果たす!関係者全てを連行し!処刑する!』


 彼の言葉に人々は沸き立ち、賞賛の声援を送り続けた。

 そして正妃だった者は。


《私は、私は!国の為に!彼の為に!》

『愚か者は、必ず周りの利益をこうして口にするが、要は立場が危うくなる恐れから人を害したに過ぎない。どうか全ての者に、良く聞いて欲しい。感謝すべき相手にしっかりと感謝し、謝るべき相手には謝罪すべきだ、例え貴族でも王族でも、それが何年後になったとしても。だからこそ俺は元王妃に虐げられた彼女に謝罪し、求婚を申し出る、王家としての謝罪と誠意を、どうか受け取って欲しい』


 民衆の声援が上がると同時に彼は私の方へ振り向き、手を差し伸べた。


《クロエ様、お坊ちゃまの手をどうかお取り下さい》

「お坊ちゃま」


《私は彼の乳母でしたから》


 つまり、私に道具になれと言う事なのだろう。

 可哀想な人形に、道具に。


「分かりました」


 私が進み出て彼の手を取ると、先程よりも大きな声援が響き。

 処刑台で猿轡をされている元王妃は、より一層唸り。


『すまない、もう少しだけ付き合って欲しい』

「畏まりました」


 彼が私にキスをすると同時に、処刑台のギロチンが落ちた。




「お疲れ様で御座いました」

『少し、演出過剰じゃ無いだろうか』


「いえ、見る側としてはこの程度で丁度良いんですよ。所詮は舞台上の事、少し派手で丁度良いんです」


『はぁ』

「それとも何ですか、もう情が移りましたか」


『いや、アレは流石に無理だろう』

「抱けるか、では有りませんよ、僕が尋ねているのは心情の事です」


 クロエ様は元王妃に虐げられていても、愚痴すら言わず、泣かず喚かず。

 そして今も尚、何を欲するでも無く、何も要望せずお部屋で大人しくしてらっしゃるそうで。


 健気で謙虚で控え目、男ならば守りたくなる様な女性にも見えますが、元王妃の処刑に全く動じる事も無く。

 僕にしてみれば、豪胆持ちにも思えるんですが。


『一先ずは、良く食わせたい』

「では、餌付けと参りましょうか」

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