第2章 王家。
第1話 修道院。
4年前、姉の代わりにと嫁がされた時が初めての結婚だった。
そして今は離縁し、隣国の修道院に。
そこで暫く働いていると、正式な政略結婚証書を持った貴族が私に会いに来た。
嘗て実家の出入り業者だった者が貴族位を得て、私を迎えに来た、と。
「クロエは私ですが、昔の噂は姉の事で、隣国の王家に確認を」
《クロエ、アナタを娶りに来ました、俺を覚えてますか?》
「はい、アナタは食べ物の出入り業者で、良い人でした」
《字は、読めますか?》
「はい、少しですが」
《承諾頂けるなら、署名を》
証書には、次の文言が書かれていた。
恋人は作らず他人との性行為も無し、結婚期間は1年間のみ、真の夫婦として行動する事。
私を害する事は決してしない、そして離縁の際に財産は全て私へ、と。
「1年だけで良いんですね」
《はい、取り敢えずは、状況によっては伸びたり縮む事も有ります》
「伸びたり縮む理由は?」
《結婚して頂けければ、詳しくお話しします》
「痛い事はしないんですよね」
《はい、害する事は絶対にしません》
「分かりました、宜しくお願いします」
彼はあの人の様に優しくて、あの人の様に私を見て微笑む。
けれど、婚姻期間の事は。
《抱かれてくれるなら教えます》
「病気が怖いので、病気が無いなら、どうぞ」
彼は慣れてるのか、あの人とは違っていて、少し不安になってしまった。
私は、何に利用されるのか、と。
《好きです》
あの人と同じ事を言われているのに、どうして不安が残るんだろうか。
また、私は逃げる事になるのか。
その不安だと分かったのは、結婚して3ヶ月が過ぎた頃だった。
『おめでとうございます』
あの人とはあんなにしたのに、彼とは3ヶ月で。
《楽しみですね》
「私は、不安です」
《俺がついてます、大丈夫》
そう言ったのに、彼は。
「戦争?」
《アナタは嫌かも知れませんが、はい、隣国と戦争状態になりました。干ばつで難民がコチラになだれ込み、もう、戦争しか無いんです》
「それで私を、私と思い出を作りたかったんですか?」
《それと帰って来る為、この国の為、アナタの為に》
私の為に、結婚をしてくれた人。
私の、優しい家族。
「どうか無事に帰って来て下さい、待ってます」
《はい》
彼は既に戦争になると知っていて、多分、私の為にも結婚してくれた。
でも、この国は戦争に負け、彼は戦死した。
私は、また夫を失ってしまった。
『クロエ』
「はい、何か」
『すまないけれど、繕い物を良いかな』
「はい、畏まりました」
彼女は僕の親友の妻だった、そして今は、私の妻となっている。
《あ、僕に任せてくれたら良かったのに》
『君には洗い物を頼みたいんだけれど、良いかな』
《しょうがないなぁ》
少し幼くも美しい彼は、私の本当の相手、本当の夫。
そして私は彼の夫でもある。
「失礼します、仕上がりはどうでしょうか」
『うん、ありがとう、もう休んでくれて構わないよ』
「適度に動くべきだ、と」
『そこは知っているけれど、私達にはどうにも加減が』
《終わったよー、あ、どうお腹は?》
「もう少し、動きたいと思っていて」
《なら散歩に行って、ほら、少しは偽装しないと》
『すまない』
《良いの良いの、無理しないでね、支えて貰って大丈夫だから》
「はい、ありがとうございます」
《固いなぁ本当、はい、行って行って》
私とクロエは、所謂偽装結婚だ。
私も彼も男しか愛せない、けれども私は結婚しないワケにはいかず。
そんな最中、こうした契約を持ち掛けて来たのは親友の方だった。
私の初恋相手の初恋相手を私は娶り、剰え子供を貰う事までも約束してしまったのだが。
彼女は他の女性とは違い、騒がず女々しくも無く、実は非常に過ごし易い。
だからこそ、こうして罪悪感を少し抱えており、彼女とは普通に過ごす事が少し難しい。
「もしご心配でしたら、私から今日の行動をお伝えしましょうか、毎日」
『そこまで気を』
「いえ、紙に書けば字の練習にもなりますから」
彼女は令嬢なのにも関わらず、読み書きが不得手だ。
どうやら少し変わった家で過ごしていたそうで。
『なら、少しだけ頼むよ』
「はい」
外でまで使用人の様な言葉遣いをしない知恵は回る、だからこそ不思議で仕方無い。
どうして家の者は読み書きを教えなかったのか、と。
《どうして読み書きが不得手なの?》
僕は直ぐに疑問に思った事は尋ねてしまう。
彼には些か浅慮だと咎められる事も有るけれど。
「金持ちの愛人用にと、読み書きが不得手な方が貰い手が多い、だそうです」
《それ親が?》
『そうあまり問い詰めるのが』
「いえ、私は構いませんが、可哀想だとか悲しまれる方が多いので、それで良ければ」
《うん、子供の為にも僕は教えて欲しいな》
『ただ無理はして欲しくない、君の体が1番なのだから』
「特にもう今は気にしてはおりませんが」
《ならお願い》
「はい、では」
ダラダラと悩むより、こうして聞いた方が早いと思うんだよね。
とか思ってたんだけど。
うん、確かに僕は浅慮かも。
《ぅうっ、クロエ、あじだなにだべだい》
「すみませんが、特に好物は」
『クロエ、クッキーは好きだろう、明日にでも彼と一緒に作るのはどうだろうか』
《づぐろ》
「はい」
何で好き嫌いが無いか、僕は何も考えて無かった。
それは好き嫌いが無いんじゃなくて、好き嫌いが言えない状態だったから、好きを良く知らないからで。
じゃあ、どうしてそうなったか。
そこまで考えもしないで。
もう、凄く、気軽に聞いた事を後悔してる。
《言うの嫌だった筈なのに、僕》
『いや、クロエは嫌だったり悲しい顔はしていなかったよ』
《けど、もしかしたら》
『一応、少しは出るんだよ、少し。良い肉を昼と夜に出した事が有っただろ?』
《あー、うん》
『その時にね、夜に出しだ時、少しだけ眉間に皺が寄ったんだよ、少しの合間だけ』
《ごめん、僕、全然》
『良いんだよ、君の誕生日だったのだし、好物を目の前にしたら誰だって夢中になるよ』
《でも、ごめんね、僕に気を遣ってクロエの事を言わなかったんだよね、僕が嫉妬するかもって》
『信じていたんだけど、一応、妻だからね』
《僕はあの人が妻でもアリだよ、静かで優しいし、多分僕より賢いし》
『そうかな、何処でそう思ったのかな』
《ほら僕、直ぐにこうして聞いちゃうけど、優しいし賢いから聞く頃合いを待ったりしてくれるんだと思うんだよね。僕らの事、何も聞かされて無いのに直ぐに聞かなかったし、聞く時はちゃんと使用人も居ない時に聞いてくれたし》
『君の幾つか上だからね』
《えっ?あ、そうか、年を聞いて無かったけど》
『あぁ、私が伝え損ねたのかも知れないね、すまないね』
《ううん、そっか、年上なんだ》
『じゃなければ届け出る義務が出てしまうからね、君と同じ年なら』
《そっか、お姉さんかぁ》
『そうだね』
私は、無事に彼の子を産む事が出来た。
彼にそっくりな子は、とても可愛い。
けれど私は修道院に戻るつもりでいる。
この子をこの家に引き取って貰う事が、彼との最後の約束だから。
《もー、どんどん可愛くなるぅ、可愛いねぇ》
『あまり構い過ぎたらダメだよ、赤子にも気持ちが有るんだから』
「大丈夫かと、多分、喜んでますから」
《ありがとう、クロエ姉さん》
彼は私の今の夫の夫、本当の相手。
『あまり彼を甘やかさないで良いんだからね、クロエ』
彼は元夫の親友で、私の偽装結婚の相手で、子供を育ててくれる方。
この子の為に、あの人はココまで考えてくれていた。
戦争に負けたら開けろと書かれていた手紙には、彼らの名前と住所が書かれ、私は財産とお腹の子と共にココまで逃げて来た。
そして彼らは任せてくれ、と。
更にあの人が残した手紙を見せてくれた。
そうして私は平穏に過ごし、子供を産み、少しだけ育て。
「離縁をお願い致します」
《え、良いよ、このままココに》
「お乳が出なくなったらココを出る約束だったので、もうお世話になるのは」
『世話になってるとすればお互い様だよ、何も遠慮はしなくて良いんだよ』
《そうだよ、ずっと》
「私が嫌なんです、いつか不安になるかも知れない、それで子供に影響したら私が私を許せません。お2人を信用して無いワケでは無いんです、どうか、この子を宜しくお願いします」
『そう頑なな理由を聞かせてくれないだろうか』
「私、私は最初、正妻でした。でも諸事情で妾になり、結局は離縁したんです」
《旦那さん酷い》
『込み入った事情が有っての事なんだね?』
「はい、私、こうあまり何も出来無いのに、かなり上位の貴族の方と結婚する事になって。負い目だったんです、だからすんなり受け入れたんです、離縁を」
《僕の事を心配してくれて嬉しいけど》
『もし困った事が有ったら、少し変装しておいで、いつでも待ってるよ』
「はい、ありがとうございます」
《何で追い出すの?そんなに僕の事が》
『ずっとココに居る事は、彼女の負担になるんだ。クロエ、1度出て直ぐ戻っても構わないよ』
「はい、本当に困ったら、子供にどうしても会いたくなったら直ぐに来ます」
《絶対だからね?》
「はい」
普通に生きるのは多く嘘をつく事なんだと思います。
私はもう子供には会いません、彼らの為に、子供の為に。
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