第27話 失敗

 あっという間に冬休みが終わりを告げようとしていた。気づけば年を越していたし、お正月ものんびりしているうちに過ぎていった。大みそかはいつも家族と年越しそばを食べていたのだが、今年はいつもと違うメンバー。苺花たち四人と一緒だった。みんなでカウントダウンしようと頑張って起きていたのだが、桃音と苺花は疲れて寝てしまった。それでも、俺は今までにないくらい楽しい冬休みを過ごせたと思う。こんな風に家族以外の子たちと長期間生活するなんて、生まれて初めての経験だった。しかも、ここじゃ俺が母親みたいなもんだしな。ま、そんなこんなで今日は冬休み最終日。いよいよ明日から学校が始まる。パワハラおばさん撃退計画が実行される時……。

「いいか。これをランドセルの中に忍ばせておくんだ。誰にもバレないようにしろよ?」

「うん。なんか緊張するね」

「そうだな。録音がうまくいけば、先生を教育委員会に訴えることができる!」

 そうすれば俺たちの勝ち。担任に教師をやる未来はない。教員免許ごと剥奪してやる。

「ねえ、その教育委員会ってなんなの?」

「んー、学校にいる裁判員みたいな感じかな。教師が問題を起こせば、学校から追い出すことができる」

 ま、その教育委員会が変な問題を起こす時もあるけど。どうか、霧立小学校の教育委員会はまともな人間の集まりでありますように。

「じゃ、明日に備えて今日はもう寝よう。苺花、頑張れよ」

「うん! 任せて!」


   ◆◆◆


 こうして、俺たちの冬休みは終わった。明日からは苺花の成績および学校生活を何とかするため、ハラハラドキドキな三学期が始まることだろう。パワハラおばさん撃退計画。どうかうまくいきますように。

「ふぅー」

 日誌をしまい、ほんのり疲れた体をベッドに潜らせる。布団の感触が心地よい。疲れていたのだろう。目を閉じると、すぐに眠りの世界へと落っこちていった。


   ◆◆◆


 始業式も無事終わり、小学校、高校共に授業が始まる。今日は午前中で学校が終わるので、放課後一哉と一緒にお昼を食べに行く予定だったのだが。なぜだか俺は、校長室にいる。それも小学校の。

「これ、ボイスレコーダー。ですよね?」

 そう言ったのは噂のパワハラおばさん、牧野まきの良子よしこ先生だった。テーブルの上に置かれた小さな黒い物体を眺めながら、部屋中をグルグルと歩き回っている。苺花は真ん中に置かれた茶色いソファにちょこんと座り、俯いていた。完全に牧野先生の覇気に負けてしまっているようで、いつになく暗い表情だ。

「まあまあ、そんなに怒らなくてもっ――」

「あなたには聞いていません!」

「は、はい」

 物凄い勢いだった。これは、苺花が怯えるのも分かる。正直いせみんよりも、比べ物にならないくらい怖い。さっきからまるで笑顔を見せようとしない。また、きっちりと結ばれた黒髪のお団子ヘアが、有無を言わせぬ雰囲気を強調している。パワハラをしてもしていなくても、これだけの迫力があるなら小学生たちは震えてしまうだろう。

「お昼休み、学級委員の吉野くんが机の横にかけられた赤羽さんのランドセルにぶつかった際、これが中から出てきたんです。たまたま居合わせた学年主任の先生が拾いました。校則では、機械類の持ち込みは禁止のはずですが?」

「……」

 牧野先生と目が合い、苺花が視線を下げる。まさか初っ端から作戦が失敗してしまうとは思いもしなかった。くそ、吉野くんとやらがぶつからなければ。まあ不可抗力だし、そんなこと嘆いたって事実が変わるわけではないが。

「聞いていますか。赤羽さん」

「はい……」

 苺花が小さく呟く。それを聞いた牧野先生は頭を抱え、足を止めた。きっと怒られる。苺花はそう思っていることだろう。小刻みに肩を震わせている。まだ何も言っていないのに苺花をこんな状態にまでさせるなんて、よっぽどこの先生は普段から恐れられるようなことをしているのだ。それなら。

「俺が持たせた。最近苺花の成績が落ちてるから、授業を録音しようと思っ――」

「だから、あなたには聞いてないと言っているでしょう!!」

「ひゃいっ……」

 耳がキンキンする。このすさまじい声量、教師よりも芸人の方が向いているのではないか。

「ごめんなさい」

 さっきよりもさらに視線を落としながら、苺花が一言呟いた。そんな彼女のことを、牧野先生は厳しい表情で見つめる。多分このあと発せられるのは、雷みたいな怒声。そう思い両手で耳を塞ぐ準備をしたが、聞こえてきたのは意外な言葉だった。

「はあ、分かりました。もう二度と、このようなことはしないでくださいね」

「……」

 あれ、これで終わりか? 思ったよりあっさりしている。苺花の方を見た。俺と同様、想定外の反応に困惑しているようだ。なぜだろう。

「……」

 俺がいるからだ。俺がいるから怒りたくても怒れない。きっと、俺が呼ばれたのは他の職員に言われてしぶしぶのことで、本当は今頃苺花のことを怒鳴り散らかしていたいに決まってる。

「ところで、お兄さん」

「な、何か?」

 冷や汗が頬を伝う。牧野先生と目が合う時間が伸びるほど、俺の背中にゾクゾクとした感覚が走った。

「確か、あなたは教師を目指しているのよねぇ?」

「ああ、それがなんだよ」

「なら、機械の持ち込みを禁止していることくらい知っているはずでは?」

「っ……」

 確かに、言われてみればそうだ。基本、小学校では携帯やらゲーム機やらを持ち込むことはできない。でもまさか、こんなにすぐバレるなんて思ってもみなかったし。なんならバレずに済むと思っていたし。

「それは……」

 何も言い返せねえ。変な嘘言っても信じてはくれないだろうし。どうする。どうするっ。

 俺が黙って必死に言い訳を探していると、諦めたかのように牧野先生はため息をついた。

「はあ。まあいいです。明日から気を付けてくださいね。次は高校に報告するので」

「はい……」

「それと、このボイスレコーダーは私が責任を持ってあずかっておきます」

 そう言い残すと、牧野先生は部屋を出て行った。一瞬俺たちの事を睨みつけて。

まあいい。なんだか分からないけど解放されたし。早く寮に戻って新しい作戦を練らないと。

「苺花、帰るぞ」

「うん……」

 浮かない顔の苺花の手を引き、俺は校長室を出た。帰り際、廊下で牧野先生が他の教師と楽しそうに談笑しているところを見かけたが、無視して通り過ぎた。

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