第26話 問題
苺花の話をまとめるとこうだ。
「担任からのパワハラがひどい、テスト中は先生の視線が怖くて頭が回らなくなってしまう、か」
苺花が頷く。普段の明るさはとっくに消え去り、先生に怒られた時のヤンチャ男子のように小さく肩をへこませる。こんな事実が隠れていたなんて。八カ月も一緒に居たのに気づかなかった。
「去年と同じ先生なの」
「牧野先生って、あのおばさんか」
「柚葉、知ってるのか?」
「ええ、あたしが二年生の時、隣のクラスの担任だったの」
隣にいたのに柚葉はパワハラに気づかなかったのか。学年集会で会う機会もあるだろうに。
「私……あの人……嫌い」
「なんでだよ」
「給食室の前で……怒鳴ってるの……聞いたことある……」
なんでそんなところで。俺が疑問に思ったのを察したかのように、苺花が口を開く。
「それ、私のクラスメイト。給食残した男の子を叱ってたの。調理員さんに今すぐ土下座しろって」
「それは言いすぎだろ」
完食できなかっただけで土下座とは。昔のスパルタ教育じゃないんだから。
「苺花はその先生に何かされたのか?」
「……」
苺花が口をつぐんだ。その様子を見ただけで、思い出したくない出来事が頭の中を駆け巡っているのが分かる。少しすると、覚悟を決めたかのように苺花が口を開いた。
「あの日は、暑かった。体育の時間、七段の跳び箱がどうしても飛べなくて、体育倉庫に閉じ込められた」
「閉じ込めっ」
「それだけじゃないの。算数の時間問題が解けなくて、そしたら私だけいっぱい宿題出されて。でも一日で終わらなくて……。次の日、なんで宿題やらないの怒鳴られた」
「それは……」
余りにも理不尽すぎる。そもそも、分からないところを教えるのが教師の仕事だっていうのに。閉じ込めるのも、もしそれで熱中症になったらどうするんだ。ヘタしたら死んでたぞ。
「あと、音読の時声が小さいって怒られて、大きな声で読んだら周りのクラスに迷惑って。それから音楽の授業で、音痴の子を集めてみんなの前で歌わせたりとか……」
聞いた限り、他のクラスにはバレない、それも証拠も残らないようにパワハラをしているらしい。そんなことに頭を使わずに、他に生かせっつーの。
「成績が悪いと先生怒るから、みんな必死に勉強してる。でも、私勉強すると先生のこと思い出しちゃって……」
「それで、テストも散々ってわけか」
そりゃそうだ。高校生の俺でさえそんなことされ続けたら気が狂ってしまいそうだ。でも、苺花は一年以上もそんな状況下で学校に。
「私が一番成績悪いから、先生も私のこと嫌ってる。授業も集中できなくて、ビーカー割っちゃうし、そろばん壊しちゃうし、ドッチボールで窓ガラス割っちゃうし……」
苺花の表情がどんどん暗くなっていく。それは、先生以外にも問題がありそうだが……。今は黙っておくことにしよう。
「でもま、進学できない訳じゃないし。あと三か月くらいなら適当にサボっちゃえば?」
「ダメだ」
「なんでよ?」
「ふう、そろそろこれを言う時期が来たか」
実は、四人にはずっと内緒にしていたことがある。本当は全員の問題が解決するまで黙っておくつもりだったんだが、状況も状況だ。俺は四人の顔を順番に見つめる。キョトンとした顔。もったいぶらないでよと不満そうな表情。俺はそんな四人を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「この寮を卒業するためには、ある条件があるんだ。それは――」
四人の息を飲む音が聞こえた。苺花たちの視線が俺の顔に集中する。不思議と、心臓が大きく波打った。
「学年末テストで、全教科八十点以上を取ること」
『八十点!?』
みんなの声が重なった。さっきまでのクリスマス気分が嘘だったかのように、この場の雰囲気がガラリと変わる。そう、これが四人には言っていなかった卒業の条件。宿題を教えている限り、全員の呑み込みが早いし、成績もそこまで悪い奴はいないので、心配していなかったのだが……。
「それ、早く言ってよ!!」
「ですです!!」
「いや、ごめん。みんな言わなくても取れるかなって」
あーだこーだ言っているが、柚葉も愛梨もほとんどのテストが九十点台だから大丈夫だと思うぞ。桃音も二人に比べたらまずまずだが、すこぶる悪いって訳でもないしな。
「三学期は……苦手な図形がある……」
算数のことか。確かに四年生になると算数が少し難しくなる。でもま、法則さえ覚えてしまえば問題ない。ここで問題があるのは苺花の方だ。
「わ、わ、私。四十点以上取ったことない……」
目を潤ませ、体をプルプルと震わせている。うん。それは問題だ。かなり問題だ。ああ、なんで今まで俺は四人のテストの結果を見るようにしていなかったんだろう。勉強だけ教えて満足してしまっていた。みんな頭がいいと勝手に思っていたんだっ。
「大丈夫だ」
「なんで……」
ああ、確かに苺花の勉強面については問題がある。多分このままじゃ寮を卒業することはできないだろう。でも……。
「苺花の話を聞く限り、三年生までは勉強ができていたんだろ?」
「え?」
「どうなんだ?」
「う、うん、そうかも。テストも、八十点以下は取ったことなかったし」
「やっぱり」
「どういうこと?」
柚葉が首をかしげる。なんだ、そんな不思議に思わなくても答えは簡単。
「苺花がテストで高得点を取れないのは担任のパワハラが原因。つまり、担任をなんとかすればいい」
「なんとかって、どうするのです?」
「うーん、そうだなあ」
学校に直接訴えるか。いや、でも話を聞く限り苺花のクラス以外ではいい人を演じているだろうな。俺たちが何かを話したところで、到底信じてはもらえないだろう。じゃあもっと上の教育委員会に訴えるか。いや、どうせ学校に連絡が行き、前者と同じような事が起こるに違いない。そうだ。いせみんに話してみるっていうのはどうだ。あの人なら学校関係者だし、何とかしてくれるかもしれない。いや、ダメだ。俺はこの四人を寮から卒業させることを使命とされている。俺が何とかしなければいけない問題だとか言われて、解決の手助けをしてくれるとは思えない。じゃあどうするか。まずは、俺たちでできる事。そうだ、証拠を掴めばいいんだ。それがあれば、どんなお偉いさんでも見逃す事なんてできまい。仮にそうなったとしたら、マスコミにでも情報提供してやろう。
それじゃあまずは証拠を入手するところからだな。防犯カメラはバレそうだし、ビデオは結構なお金がかかるし、なるべくお金をかけず、簡単に使えるもの……。
「ボイスレコーダー!」
「ボイス……って、盗聴器みたいなやつよね?」
「ああ、そうだ。これならポケットの中に忍ばせておけばバレないし、最近はお手頃価格で高性能のものがたくさん売られているんだ」
それもこれも一哉情報。実は彼の母親、相当な遊び人らしく、父親がよくボイスレコーダーを使って浮気現場をスクープしているのだとか。もしかしたら、頼めば一哉から貸してもらえるかもしれない。俺はポケットからスマホを取り出し、電話アプリを開く。
「あ、もしもし一哉? 頼みがあるんだけど……」
俺はこの数十分間の間にあった経緯を一哉に報告した。ちょうど両親が立て込んでいる時だったらしいが、一哉は笑いながら俺の話を聞いてくれた。どうやらボイスレコーダーは家にストックがいくつか置いてあるらしい。
「サンキュ。じゃ明日学校で。じゃあな」
「誰と電話してたのです?」
「友達。明日ボイスレコーダー貸してくれるって」
小学校と違って、高校は明日まで学校がある。全く、本当にタイミングがいい。
「それじゃあ、パワハラおばさん撃退作戦、開始しますか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます