第24話 なんてことない日々
なんてことない日々が続いた。同じ毎日の繰り返し。いたって普通の日々。
「まあ、よく写ってるかな」
寮の靴箱の上に置いてあった写真立て。俺はそこに、キャンプへ行った時に撮った写真を飾った。俺の右腕にくっついて左手を上げている苺花。同じく俺の左腕をわしづかみにしている愛梨。そして、苺花の隣で仲良く抱き合っている柚葉と桃音。なぜか俺だけカメラ目線じゃないけど、四人が楽しそうだからまあいいや。
「コンビニでも行くか」
本来なら二学期になると一週間の実習があるのだが、俺は謹慎中なので行っていない。なので俺だけ少し早めの冬休みを堪能中というわけだ。まあ、実習といっても高校生なので、本格的な授業を行う事は出来ず、最終日以外はほとんど見学なのだが。
最近新調した茶色のコートを羽織って寮を出る。もう夕方だし、もしかしたら四人の誰かとすれ違うかもしれない。そしたら何かあったかいものでも買ってやろう。
◆◆◆
「四百五十円です」
「あ、おでんもください」
「はいよー」
店員が快く返事をした。店内に充満する温かい匂い。それと同時に目に入って来る、おでん一品無料という赤字で書かれたポップ。だから冬のコンビニは誘惑が多いんだ。ついついお財布の紐が緩くなってしまう。
「え、いいの!?」
「ああ。みんなには内緒だぞ」
そう言うと苺花は「やったぁ!」と喜んで飛び跳ねた。そんな姿に店員も、微笑ましそうな笑顔を浮かべる。
ちょうど寮を出たと同時に苺花が玄関の前に立っていた。他の三人はまだ学校にいるみたいだったので、一人にするのもあれだし一緒にコンビニまでやってきたのだ。
「大根、卵、あとこんにゃくもください!」
「はいよー!」
「あ、あとがんもどきも!」
「はいよ」
「あとはんぺんも!」
ふわふわと髪の毛を揺らしながら、次々と注文をしていく。このままだと全品頼んでしまうのではないか。
「おじょうちゃんいくつ?」
「十一歳!」
「そっか。かわいいから牛クシもサービスしておくね」
「わあ、いいの!?」
「うん。あ、お兄ちゃんの分もね」
店員と目が合う。さっき店に入った時は二十代くらいに見えていたが、こうして間近で見てみると、目じりのしわが目立つ。もう四十近いだろうか。娘を見るような目で苺花に笑顔を浮かべている。
「すみません。ありがとうございます」
るんるんとおでんがすくわれていくのを見る苺花の横で、俺は会計を済ました。元気よく店員に礼を言い、コンビニを出る。ああ、寒い。コートを着ているにも関わらず、一瞬で鳥肌が立った。
「ん~、冬に食べるおでんは格別だね!」
俺の隣でふーふーしながら大根を頬張っている。吐く息が湯気と混ざってさらに苺花の口元を白くした。
「はい、蒼真も。あーん」
「あーん」
さっきサービスしてくれた牛クシが口の中に入り込んだ。うん。柔らかくて出汁が染み込んでて美味い。店員さんナイス。
「へへ、初めて男子にあーんしちゃった」
そう言いながら頬を赤くする。ふにゃっと笑った顔が思わず俺の心をくすぐった。なんだか、愛梨とデートした時のことを思い出す。あれからもう半年以上経ったのか。なんだか懐かしいな。
「そういうのは彼氏ができた時のために取っときなさい」
「はーい」
いつか、苺花も俺くらいの歳に成長する時がくるんだよな。今はまだこんなに小さいけど。みんなあの寮を卒業して、中学校に行って。俺はその時大学生。ちゃんと教師になれるかな。その頃には苺花たち、小学校を卒業しているから、みんなに勉強を教えることはないんだよな。あと四カ月で四人との生活もおしまい。最初はあんなに嫌だったのに、今は少し寂しくも感じる。そういえば、愛梨も柚葉も桃音も、みんなとんとん拍子に問題を解決していけた気がするけど、苺花はまだだ。というか、苺花に何かあるのか。普段の様子からじゃ、とても問題児には見えないけど。
「そういや、もうすぐクリスマスだな」
「その前にテストがあるよ」
「そか、いい点取って俺を喜ばせてくれ」
「ふふ、宿題教えてるだけなのに」
「先生ぶらないの」と苺花が笑う。そう言われるとちょっと恥ずかしい。自分でも頬が赤くなっていくのが分かる。
「あーあ。蒼真がほんとに先生だったらなあ」
そう言う苺花の表情は、少し寂しそうにも見えた。何かを切望するような、うらやましがるような、そんな目をしている。そんな苺花の姿にちょっと違和感を感じた。たまに見せる、苺花のこんな表情。俺の知らないところで、何か悩みでも抱えているのか。だとしたらいつでも相談に乗ってやるのだが。まあ、いつか話してくれる時が来るだろう。この時は、まだその程度の問題としか考えていなかった。
◆◆◆
クリスマスがやって来た。今日で四人は二学期が終わる。俺も終わる。特に俺はリア充する予定はないので、一人寂しくスーパーへ買い物に行く用事しかない。
「お前はいいな。女と過ごせて」
「女って、まだ小学生だぞ」
知っての通り、この非リア独身残念系美人の正体は院瀬見静香。最後に彼氏がいたのは二年前。それからは毎週のように合コンに通い、男に飢えている日々を送っているらしい。
「一人暮らしをしている身からすれば、ペットと過ごせるだけでもうらやましいんだ」
「そういうもんなのか……」
ペット。一人寂しく恋愛映画を見ながら犬と群れているいせみんの姿が目に浮かぶ。悲しい。悲しすぎる。想像するだけで悲しくなった。誰かこのドきつい釣り目女を拾ってやってくれ!
「じゃあ、私は仕事が残っているから戻るぞ」
「あ、待ってくれよ」
「なんだ」
面倒くさそうな顔で、俺に背中を向けたばかりのいせみんが振り返る。モチベーションがダダ下がりのせいか、いつもよりむすっとした顔をしているように見えた
「あ、いや」
なんで引き留めたのだろう。特に用があるわけでもないのに。
「メリークリスマス!」
今年、まだ誰にも言っていないこのセリフ。好きな女の子にこれを言える日は来るのか。来年こそはリア充でありたい。
「ふん、調子に乗るな」
そう一言言い残すと、いせみんは職員室へと帰っていた。教師たちの楽しそうな雑談が、ドア越しに聞こえてくる。やはり、教師といえども同じ人間。クリスマスで浮かれている者が何人かいるようだ。
「さてと、チキン買って、ケーキ買って帰るとするか!」
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