第23話肝試し
聞こえるのは、虫の鳴き声と、風でわさわさと動く木の葉の音。明かりは百均で買った小さな懐中電灯のみ。キョロキョロとあたりを見回しながら、ゴクリと唾を飲み込む。
「きゃあ!」
俺の腕に抱き着きっぱなしだった苺花が悲鳴を上げた。さっきよりもさらに体をくっつかせ、小さな身体をプルプルと震わせている。
「ただのコウモリだって」
肝試しにはつきものの生き物だ。なんでなんだろう。こういう時って必ずと言っていいほどコウモリが現れるような。怖がりの女の子を驚かせる使命でも背負って生きているのか。
「や、やっぱ二人だと……怖ぃ」
「ああ、確かに」
先に行った三人はキャッキャッしながら楽しそうに進んでたけど、どうやら俺たちはそうはいかないみたいだ。苺花の奴、夏の恐怖映像番組なんかは寮でよく見ているくせに、こういうところは苦手なのか。まあ確かにここ、なんだか気味悪いし寒気もするけど。
「一番怖いのは人間一番怖いのは人間一番怖いのは人間……」
この状況に耐えられなくなったのか、苺花は何やらブツブツと呟き出した。そんなことを繰り返し復唱している苺花の方が怖いぞ。まあ、言っていることは間違いではないけど。
「あ、幽霊!」
「ぎゃいいあああああああああ」
「なーんちゃって」
「あ……あ……あ……」
苺花の方を見る。さっきまでとは別人みたいに、口を大きく上げ、白目をむきながら体を硬直させている。その姿がなんだかおかしかった。
「わ、悪い。もうしないから」
「ふん! 夏休みじゃなかったら許してないから!」
よく分からない理由だったが良かった。夏休み最高。夏休み万歳。
「そろそろ折り返し地点か」
「う、うん。あの石のとこまで」
苺花が指をさした先、墓石の様な、何かが書かれた石の置物がある。近くに寄って見てみても、文字が全部ヘビみたいに繋がっていて、一文字も読めない。これ、解読したら何かが起きたりして。
「早く行こう」
「お、おう」
苺花に促され、俺は今来た道を再び歩き始めた。これがもしホラー映画だったら、戻っても戻っても元の居場所に帰れないなんていう無限ループを繰り返すことになるのだが。
「……」
「……」
沈黙が流れる。周囲の雑音が、なんだか不気味に感じた。懐中電灯の照らす先に、何かが現れそうだった。俺は気分を紛らわせようと、警戒心の強くなった苺花に話しかける。
「もう夏休みも終わるな」
あと三日で八月も終わる。もう寮生活も三分の一が終わろうとしているのだ。これがあと二回繰り返されれば、今のメンバーでの暮らしも終わる。正直実家が恋しくなる時もあるが、実は今のこの生活も気に入ってたりする。
「そうだね……ずっと、このままでいいのに」
苺花の表情が少し曇った。そうだよな。小学生からしたら、夏休みは一年間で一番のビッグイベントだもんな。ロスになっても仕方ない。俺も昔はそうだった。
「でもま、二学期はキャンプも文化祭もあるだろ?」
俺の通っていた小学校は文化祭が無かったから、うらやましい。苺花の方を見る。相変わらず俺の腕に引っ付いたまま。いつもの明るい表情は曇り、なんだか苺花らしくない。
「どっか具合悪いのか?」
「え、いや。ううん。なんでもないよ」
「そっか」
それならいいけど。きっと寒さと恐怖にやられたのだろう。いつもならそろそろベッドに入っている時間だし。
「ねえ、蒼真……」
「ん?」
苺花が何かを言いかけた。その時――
「うーらーめーしーやー」
目の前に現れた、白いワンピースの少女。黒のロングヘアで顔の表情は隠れ、不気味に笑った赤い口元がチラチラ見える。だらんとぶら下がった両腕。重たい体を引きずるように、ゆっくりと俺たちの方へ近づいてくる。
「あ、あ、あ、きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
◆◆◆
別荘の中は昨日の夜の何倍もどんちゃん騒ぎとなっていた。海の見える一番広い部屋に布団を敷き、パジャマに着替えた四人。みんな枕を抱えながら、恨みでも晴らすかのようにお互いの顔めがけて投げ合う。
「もう! さっきはほんとに怖かったんだから!」
苺花の投げた枕が愛梨の顔面に直撃。顔から剥がれ落ちると、トナカイみたいに鼻が少し赤くなっていた。
「気づかない方が悪いのです!」
愛梨がそれを投げ返す。すると、苺花の隣でゲームをしていた桃音がそれをキャッチした。
「本物の……幽霊みたい……だった……」
再び愛梨の元に枕が飛んで行く。愛梨は抜群の反射神経で、頭上に落ちて来た枕を受け取った。やれやれ、ドッチボールじゃないんだから。
「私のコスプレ能力に騙されたのです!」
そう叫ぶと同時に、力強いスピードで部屋の真ん中を枕が通った。大きなカーブを描き、苺花の顔めがけて飛んで行く。しかし、苺花は軽々とそれをよけ、後ろにいた柚葉の顔に当たった。ひっそりと枕を構えていた柚葉。ピキピキとおでこに亀裂が入る。
「あ……です」
「あ、い、りぃぃぃぃぃ」
「ひぃぃぃぃぃぃですううう」
身の危険を感じたのか、愛梨は必死に部屋中を走り始めた。柚葉の勢いは止まらない。鬼のような勢いで愛梨の背中を追いかけていく。
「止まりなさい!!」
「蒼真ぁ!! 助けてですぅ!!」
「ちょ、こっち近寄んなって!!」
「蒼真を……盾にする……」
「にーげろ~!」
わーきゃー言いながら騒ぐ夜。こんな風にはしゃぎ倒すの、なんだか久しぶりだ。
「お前ら……俺も混ぜろっ!」
そばに落ちていた枕をぶんっと投げた。大量の枕が部屋の中を飛び回る。日付が変わる直前まで、俺たちの笑い声は海辺へと響いた。
こうして、楽しい一日はあっという間に過ぎ去り、今年の夏休みも終わりのチャイムを告げた。
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