第22話 夏休み
空を見上げると、熱さで視界が歪んだ。てっぺんまで登った太陽が、ふにゃふにゃと歪んで見えた。持ってきたサングラスが役に立つ時。俺は今立てたばかりのパラソルの下で、さっきコンビニで買ってきたアイスコーヒーをすする。うん。うまい。寒い中コタツで食べるアイスクリームも最高だが、こんな暑い日に飲む冷たいドリンクも最高だ。
コーヒー片手に優雅に夏休みを堪能しながら、俺は海の方で騒いでいる四人を見る。うきわを持ち、波打ち際で一人遊んでいる桃音。砂場で一生懸命お城を作っている愛梨と柚葉。どちらが綺麗なものを作れるか、競っているようだ。よくもまああんな器用なことができるよな。女子って。
「ふがっ!!」
海の方で遊ぶ彼女たちをほのぼのと眺めていると、球状の何かが俺の顔面を直撃した。鼻の上にピリピリとした痛みが走る。俺はサングラスを外し、ボールのようなものが飛んできた方を見つめた。
「蒼真! こっちこっち!」
苺花だった。ピンク色のワンピース型の水着を着た彼女が、おいでおいでと手招きをする。身体を動かすたび、フリルの付いたスカートがゆらゆらと揺れた。
「みんなでビーチバレーしようよー!」
波の打ち寄せる音と一緒に、苺花の声が響く。夢中になってお城を作っていた愛梨と柚葉も、苺花の言葉につられて立ち上がる。
「やりたいのです!」
「あたしも! 絶対負けないんだから!」
パチパチと二人の間に火花が散った。普段から、ゲームだのトランプなどで争いを繰り広げている二人。勝負となると、やはり心がうずきだすようだ。
「チームはどうしようか」
「愛梨は蒼真と組むのです!」
女子にやられるとときめく仕草ナンバーワン! 上目遣い! 愛梨が俺の腕に絡みつきながら、笑顔で俺の顔を見つめてくる。おいおい、俺はまだ一言もやるとは言ってないぞ。優雅な夏休みを満喫していたというのに。まあこうなることは予想していたけど。しかし、ビキニから覗く、ほんの少し膨らんだ胸が当たっているのはわざとだろうか。むやみに男とはくっつかないとか言ってなかったか。
「私は……審判やる……」
いつの間にか俺たちの近くまでやってきた桃音が呟く。安定のスク水に、頭にはなぜかわかめが。ヤドカリも、足元の近くにまで寄ってきている。動物に好かれるタイプなんだな。桃音は。
「決まりね! じゃああたしが投げるわ」
桃音が適当に足でコートの線を引き、苺花が持っていた虹色のビーチボールを柚葉が受け取った。さっき俺の顔面に直撃してきたやつだ。
「始め……」
桃音の合図で、柚葉は手にしていたボールを高々と宙に向かって投げた。そして自慢の跳躍力を存分に発揮し、思い切りジャンプをする。向かいに立っていた愛梨も、ボールが上がったと同時に大きくジャンプした。同級生コンビの戦い。さあ、どっちが有利か。
「もらい!」
宙に浮かんでいたばかりのボールが、俺の足元へと飛んでくる。柚葉のほうが、手のひら一個分の差をつけていた。愛梨がしまったという顔でこちらを振り向く。
「させねえぞ!」
俺は身体を前かがみにし、両手首でボールを跳ね返した。大きなカーブを描き、今度は苺花の頭上に飛んでいく。苺花は慌てふためきながら、両手のひらを使って、ボールを飛ばした。
「行くわよ!」
柚葉はまたまた大きく飛び跳ねると、右手を高々と掲げ、俺と愛梨の間にアタックを決めた。愛梨が受け止めようとしたが、一足遅い。
「柚葉のチーム……一点……」
桃音が右手の人差し指を上げた。クソ、先手を取られたか。
さっきまでまったりと休日を楽しんでいた俺が、今、こんなにも熱くなり始めている。やっぱり、やるからには勝ちたい。小学生相手だからって手加減しないぞ!
「行くよー!」
苺花の声で、再び俺たちの間に緊張が走る。どんと来い! なんてたって俺は、将来体育の授業も務める小学校教師になるんだからな。ここで負けてられるか――
◆◆◆
惨敗。
「ちーん」
俺が思っていたより、柚葉の運動能力が馬鹿げていた。さすが、運動会であんなに本気になる理由が分かる。苺花がどれだけミスをしようと、瞬時に柚葉が駆け寄り、ボールをコントロールしてしまう。体育の成績はまずまずの俺と愛梨。今日のところは観念してやろう。
「勝ったからこの肉はあたしがもらうわ!」
「あー! それ、愛梨が狙ってたやつなのです!」
「私もいただきます!」
「それ二番目に狙ってたやつです!」
あーだのこーだの揉め始める三人。初めて寮に来た時と比べて随分仲良くなったもんだ。俺はきっとみんなが食べたがらないであろうピーマンと、こんがり焼き目の付いたソーセージを皿に取った。
「うまい」
あふれ出る肉汁。ピーマンの程よい苦味。これぞバーベキュー。これぞ夏休み!
「運動終わりの肉は……格別……」
「審判だったけどな……」
突っ込みもほどほどに、どんどん減っていく肉たちを、無くならないよう追加していく。四人の食べる勢いがすさまじい。足りなくならないか心配だ。
「そろそろ魚も焼いていいころじゃない?」
「確かに、そうだな」
夕方みんなで釣ったアジ。俺も含め初めての釣りにしては、タコだのイワシだのかなりの収穫を得た。俺はそれらを焼かれた肉の隣に並べていく。すでにおいしそう。このまま食べたいくらいだ。
「早く早く~」
苺花が目をキラキラとさせながら、魚たちが焼けていく様子を眺めている。ジューっという聞くだけでよだれの垂れそうな音に、みんなの心が躍り始める。
「ねえ、これ食べたら肝試ししよーよ」
待ちきれなくなったのか、苺花が箸をぎゅっと握りしめながら話し始めた。その言葉で、それぞれ表情を変える三人。
「賛成……」
「迷ったら嫌だし、やめましょう」
「柚葉、怖いのです?」
「ちがっ、そういうわけじゃ!」
「へぇ~」
いつも大きな態度を取っている柚葉が、怖いのが苦手とは。意外だ。案外桃音のような控えめの子のほうが、こういうのが得意だったり。
「いいじゃん。やろうぜ」
これには俺も賛成である。お化けとかホラーとか、意外と好きな方だったりする。小学生の頃、キャンプでみんなと墓地の近くを歩き回ったのを思い出す。あの時は何も起こらなかったけど、今日はどうかな。
「あ、あたしはパス。見たいドラマあるから」
「それ今日特番で放送休止ですよ?」
「……」
「し、宿題もやらないといけないし」
「昨日全部終わったって言ってなかったっけ?」
「それは俺も聞いたな」
「……」
「塩持っとけば……大丈夫……」
「……」
みんなの視線が柚葉に集まる。頑なに口を開こうとしない柚葉だったが、この場の雰囲気に耐えかねたのか、諦めたように溜息をついた。
「はぁー。もう! やればいいんでしょやれば! 一人にしたら許さないから!」
「じゃ、食べ終わったら別荘の裏に集合だな!」
◆◆◆
バーベキューを終えお腹もいっぱいになった俺たちは、言葉通り別荘の裏に集合した。まあ集合と言ってもごはんを食べ終わったあと、みんなで一緒にここへ来たわけだが。
「二、三に分かれて進もっか!」
「ええ! この先を!?」
柚葉が驚きながら、森の中にできた道を見る。街灯がないから、数メートル先がもう真っ暗だ。確かに、二人で進むには少し怖いかもしれない。でも、五人で進んだら絶対騒ぎになるし、俺は苺花の意見に賛成だ。
「ちょっと怖いのです」
「いかにもって……感じ……」
みんなが森の中を見つめている。なんだか、ずーっと眺めていたら何かが出てきそうな感じ。ぶるっと体が震える。夏なのに立つ鳥肌。大丈夫、俺霊感ないし。
「ま、それが肝試しってもんだろ!」
「そうそう!」
苺花が共感してくれたところで、俺はパーカーの袖をめくる。真夏だとしても、昼間と違ってやはり森の中は寒いのだ。特に夜は。
「それじゃあいくぞ……グーっとパーで別れましょ!」
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