第21話 キャンプ

 パラパラとノートのページをめくる。俺の指三本分はありそうな分厚い日記帳。そんな終わりの見えない日誌が、もう三分の一も俺の字で埋まっている。文字が書かれているページは、新しいページに比べてふにょふにょだ。数学が得意教科の俺、よくもまあこんな大量の文章を書いたよな。国語が大の苦手というわけでもないんだけど。理系に比べたら成績は悪い方だ。これが年が明けた頃には三倍になっているのか。想像しただけでワクワクする。

「柚葉のリクエストで、夕飯はハンバーグにした。桃音はデミグラスソースが好きなので、それを作ってやると二人は仲よさそうにソースを半分こしていた。最近、柚葉と桃音の仲がいい。来週の土曜日は二人で水族館へ出かけるらしい。おそろいのお土産を買うんだと楽しそうに話していた」

 ふぅー。今日の分も書き終わった。日誌というより観察日記になっているような。まあ、何も言われていないし別にいいだろう。

「蒼真ー!」

「うお!」

 突然、部屋の扉が勢いよく開いた。バンッという音と共に、枕を持った苺花が中へと入って来る。その後ろには愛梨が、そして柚葉、桃音とみなそれぞれ自前の枕やひざ掛けを持って部屋へと入り込む。

「なんの用だよ」

「明日のキャンプが楽しみで寝れないのです」

「そうよ! 海でしょ、釣りでしょ、あと……」

「バーベキュー……」

「わあ、みんなで遊ぶの楽しみだね!」

 気分はすでにキャンプ場にいるかのよう。まるで修学旅行前みたいに、みなそれぞれ明日からの意気込みを話し込んでいる。何気にこのメンバー全員で遊ぶのは初めてだし、気持ちは分かるよ。でも、

「明日は早いんだし、もう寝ろ」

「えー! 寝れないから蒼真と話に来たのよ」

「俺はもう寝るからなー。おやすみ」

「ちょ、愛梨たちの事見捨てるのですか!」

 無視してベッドにダイブ。布団で顔を覆い、耳を塞いだが、四人のうるさい声が作業用BGMのように脳内に響き渡る。ほんと、元気な奴らめ。仲がいいのは何よりだけど。ブーブーうるさい四人の声に耐え切れなくなり、俺は布団から飛び起きた。

「はいはい! みんなここで寝ていいから! 静かにしなさい!」

 再び布団をかぶる。「やったー!」と喜ぶ四人の声が聞こえた。小学生にしてはとんでもない声量だ。さっきまで酷い眠気があったというのに、目が冴えてしまった。いつまで騒いでいるんだ。

「静かにしろー!」

『キャー!!』

 寮の中に、今日一番の大きな悲鳴が響いた。


   ◆◆◆


 やって来たキャンプ場は、森林に囲われた居心地のいい場所だった。俺が夏休み、四人と遊んでくると言ったら、いせみんが別荘を貸してくれたのだ。どうやら父が会社を経営しているらしく、子どもの頃はお嬢様として過ごしていたんだとか。今は一人暮らしをして落ち着いているらしいが。あの凶暴な女がお嬢様とはねえ。世間はまだまだ知らないことばっかりだ。

「見て! 海が見えるわ!」

 別荘の一階。テレビの置かれた部屋から柚葉が窓の外を指さす。太陽に照らされ、キラキラと光る青い海。四人は始めて見るオーシャンビューにくぎ付けだ。

「早く行こう!」

「はいなのです!」

「ええ。桃音も!」

「うん……」

 キャッキャッウフフと騒ぎ出す四人。いつにもまして楽しそう。ホームビデオでも撮りたくなるな。なんて、こんな時のために……。

「じゃーん。みんな、写真撮ろうぜ!」

 俺はおもむろにバッグからあるものを取り出した。

「えー! って、それなんなのです?」

「一眼レフだ!」

「すごいおっきいね」

「だろ? 昨日押し入れを漁ってたら出てきたんだ」

 中学生の頃、もう古いからと父親から貰ったものだ。寮に住み始める際、もしかしたら使う時がくるかもしれないと思って持って来ていた。今日の荷物をまとめている時まですっかり忘れていたんだけど。

「プロ……みたい……」

 部屋の端っこに脚立を立てていく。本当にプロになった気分だ。なんだか運動会を思い出すな。こんな風にカメラを構えている保護者がいっぱいいた。

「ふっふっふっ。もっと褒めてくれてもいいんだぞ」

「あんたじゃなくてカメラを褒めたのよ」

「……」

 調子に乗ってごめんなさい。俺、反省します。

「えーっと、タイマーは……っと」

 俺は久しぶりに扱う一眼レフに悪戦苦闘しながらも、なんとか撮影の準備をすることに成功した。画面に十という数字が現れ、秒数がカウントされていく。

「よし、じゃあ撮るぞ!」

「私蒼真の隣っ」

「ずるいのです! 愛梨も隣がいいのです!」

「え、ちょっ」

「仕方ないわね、じゃあ私は端っこで」

「私……柚葉の隣……」

「そんなくっつくなって!」

 広い部屋なんだから集合写真みたいに並べばいいのに、みんな俺の周りに密集してきた。苺花と愛梨に腕を鷲掴みにされ、アイロンをかけたばかりのTシャツがしわくちゃになっていく。その間もタイマーはどんどん進んでいき、やがてパシャリというシャッターの音が聞こえた。

「よーし、それじゃあ海に行くわよー!」

「え、撮ったやつ見なくていいのかよ?」

「早く遊びたいのです!」

「うまく写ってないかも知れないぞ!?」

「そしたらあとでまた撮ればいいんだよ」

「そんなことより……海……」

「ええ……」

 みんなそんなにカメラに興味ないのかよ。俺はもっと一眼レフを堪能したかったのに。

「水着に着替えるのです!」

「私おニューのやつ!」

「あたしも!」

「ちょ、ここで着替えんの!?」

 四人は俺が見ているのもお構いなしに、Tシャツやらズボンやらを脱ぎ始めた。俺は手で目を覆いながら、急いで部屋を出る。

「服の下に……水着……着てる……」

「へー、蒼真変な妄想してるのです!」

「蒼真のえっち!」

「やっぱり変態だったのね」

「ちげえよ!! てか、水着着てんなら先に言え!」

 覆った手を離し、振り返る。四人は信じられないという表情で、俺の事を馬鹿にしたように何やらぶつぶつ言っていた。はあ、どうせ俺は変態だよ。もう好きにしてくれ。

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