第10話 いつも通り?
学校はなんだか朝から賑やかだった。どうやら昨日席替えが行われたらしい。俺は窓側の一番後ろの席。誰もが一度はうらやむ場所。自分がいない間に席替えをされるのはなんだか不服だったが、これなら何も文句はない。これで毎授業寝放題! 最高! ってさすがにそんなに寝ないけど。進路に響くし。
「それで~、幼女との生活はどうよ」
「ちょ、変な言い方するなよ!」
プププといたずらな笑顔を浮かべて、前の席に座っている一哉(かずや)が俺のことを見つめる。こいつは一年の時からの親友。こんがり小麦肌の茶髪イケメン。選択授業もグループワークも実習場所も何かといつも一緒になる。もはや運命共同体。誰にも負けない大親友。って、何と競ってるんだよ。
「いいな~蒼真は。毎日かわいい女の子に囲まれてさ」
「そんないいもんじゃねえって」
確かに、苺花も柚葉も愛梨も桃音もかわいい。でも、だ。でも、俺毎日変態扱いされてるんだぜ。お風呂にはロックをかけられるし、着替える時は毎回覗くなって忠告を受けるし、ご飯を食べる時は、俺が一口毒見をしてからじゃないとみんな食べ始めないし。まあ、それでも一カ月前に比べたらだいぶマシになった方だが。
「てかよ。お前来月の小学校見学行かねえの?」
「え?」
「名前、載ってなかったから」
「ん? ああ、今年実習行けないんだよね」
「まじかよ。あそこの小学校美人な先生がいるって噂なのに」
はぁと一哉が肩を落とす。綺麗に切られた短髪からかすかに香る爽やかな匂い。こんなこと言うやつだけど、意外とモテるんだよな。顔もいいし、運動神経抜群だし。中学の時はサッカーの県大会で二位まで上り詰めたなんて言っていた。釣り目なのに優し気のある雰囲気で、変態扱いされている俺とは全然違う。
「俺の代わりに美人を拝んできてくれ」
「ああ、そうするよ」
そんなことを話しているうちに、咳ばらいをしながら先生が教室に入って来た。現代社会担当の小太りのじいさん。今日も今日とて脂で顔をテカらせながら、頬に食い込んだ黒縁眼鏡をキラリと光らせている。
「あの顔は奥さんと喧嘩したぞ」
ボソッと一哉が俺に耳打ちする。なんでそんなことが分かるんだよ。別にいつもと変わらないけど。こいつ、髪切っただとか、ネイルを変えただとかすぐに気づくタイプだな。どうりで女子に好かれるわけだ。
「休みの奴はいないかー。じゃあ教科書三十二ページ――」
朝から眠たくなる授業が始まった。久しぶりの学校だ。去年よりもいい成績を取ってやる。そう意気込んでいたのだが、開始五分。寝不足だった俺はすぐに夢の中へと落っこちていった。
◆◆◆
いつも通りの寮生活。いつも通りの夕飯。
「それじゃあ私達も」
『いただきます!』
苺花の合図でみんなが合掌する。今日のメインディッシュは肉じゃが。愛梨のリクエストで少し甘さを濃くしてある。うん、じゃがいもがほくほくでいい感じ。
「にんじんいらないのです」
さも当たり前かのように、愛梨がそっと俺の皿ににんじんを置いてきた。
「仕方ないなあ」
俺はにんじんを箸で取る。どれどれ、出汁の染み込み具合はどうかな。
「って、好き嫌いはいけませんっ!」
危ない。思わず食べてしまうところだった。俺は慌てて愛梨のお皿ににんじんを戻す。そして自分の皿からにんじんを一口。
「ひどいのです。愛梨のこといじめるのですね」
「そんな茶番通用しないからな」
「ふん、蒼真なんか大っ嫌いです」
もうけなされるのにも慣れてしまった。愛梨がパクッとにんじんを口に入れた。その瞬間、梅干しを食べた時みたいに渋い表情を浮かべる。冷や汗をかきながら、愛梨は急いでコップの水を飲み干した。トントンと左手で胸のあたりを叩きながら。ふう、吐き出さなくて良かった。
「そういえば、もうすぐ運動会だね」
「ブーッ!!」
飲み込みかけていたにんじんが口の中から飛び出した。テーブルの上に食べかの破片が散乱する。
「蒼真!? です!」
「汚い……」
「すまんっ」
ごめん、わざとじゃないんだ。許して。
全てを察した苺花。慌てて口を抑える。急いで雑巾を用意する俺、動じることなくご飯を食べ続ける桃音、髪についた俺の食べかすをティシュで取る愛梨。そんな俺たちのことを黙って見続けていた柚葉が、バンッと勢いよく箸をテーブルに打ちつけた。
「柚葉っ」
一瞬俺のことを睨みつけると、柚葉は走ってリビングを出て行った。最近こんなことばっかりだ。何度柚葉に部屋を出ていかれたことだろう。俺は、たった今少女が出て行った扉を見つめる。
「蒼真?」
愛梨が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。騒がしい食卓。いつも通りの夕飯。これが、いつも通り、なのか。
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