第4話 初デート

 まだ寒さの残る昼下がり。俺の半分もない小さな手を握りしめながら、人の行きかう街をブラブラと歩く。

「こうしているとなんだかカップルみたいなのです!」

 いやいや、どう見ても兄妹。というか、誘拐犯に見られないか心配していたところだ。やめて、周りから変な目で見られるから。

「そ、それで。どこに行きたいんだ!」

 どう突っ込んでいいものか迷ったので、とりあえず話を逸らす。

「あそこ、あそこに行きたいのです!」

 愛梨が指を差した先。そこにあるのはゲームセンター。プリクラの前に、何人かの女子高生が何やら楽しそうにたむろしている。隣の音ゲーコーナーにはいかにも! といった感じの眼鏡をかけた男性三人組。一人はガリガリ。もう二人はぽっちゃり。話し声は聞こえないが、グヘヘヘという笑い声が今にも聞こえてきそうだ。休日の昼間だからか少し混んでいる。

「写真撮るやつ、あれやりたいのです!」

「ええ!」

 あれって今いる女子高生とか、カップルが撮るもんじゃないのか。俺ああいうのうといんだけど。

「隣のクレーンゲームに……」

「早く行こうなのです!」

 聞く耳持たず、愛梨は思い切り俺の手を引っ張った。一瞬転びそうになったが、なんとかふんばる。

 小走りしてゲーセンの前まで到着した。すると、近くにいた若い女性店員が微笑まし気に、俺たちの方を見ながらこちらへ寄って来た。

「まあ素敵。ご兄妹でお出かけだなんて」

 あ、よかった。これで俺が不審者じゃないと証明された。

「愛梨は蒼真の愛人なのです!」

「はあ!?」

何を言っているんだこいつは。そんなニコニコ笑顔で。小学生が言うようなセリフじゃないだろ。いや、小学生じゃなくても人前で愛人宣言なんかしないからな。

「一緒にお出かけするのは初めてなのです! いつもはお家でしか遊ばないのです」

誤解を招くようなこと言うな。絶対愛人の意味知らないだろ。ほれみろ、店員の顔を。頬が引きつっているじゃないか。やめて、そんなゲテモノでも見るような目で見ないで。

「そ、そうなんですか~。仲睦まじいですね」

 ぎこちない反応だった。頬が少し引きつっていたけど、どうかロリコン誘拐犯だと思われていないことを願う。

「それじゃあ中へどうぞ。かわいく撮れるといいですね」

 微妙な笑顔を浮かべたまま店員はグイグイと俺をプリクラ機の中へと押し込んでくる。愛梨は俺の横を通り抜けするりと中へ入っていった。

 緑色の背景に大音量で聞こえる女の子の機械音声。俺たちが中へ入ったのを確認すると、カーテンを閉める前に店員は満面の笑みでこう言った。

「手を出すのだけはやめてくださいね。何かあったらすぐに通報しますから」

 物凄く低い声だった。背筋が一瞬で凍り付く。ここでも俺は不審者扱いされなければならないのか。そんなに怪しい見た目に見えるかな、俺。

「は、はい……」

 返事をするとシャッっと勢いよくカーテンが閉められた。愛梨が「どうしたのです?」と、俺の顔を覗き込んでくる。即座に「なんでもない」と誤魔化した。そして、気まずい空気を残したまま、人生初のプリクラ撮影が始まった。


   ◆◆◆


「疲れた……」

 ドサッとベンチに腰を掛ける。愛梨は向かいのクレープ屋で、店員とのお喋りに夢中だ。俺は今撮ったばかりのプリクラを、ポケットから取り出す。

撮影は悪戦苦闘だった。かなりの身長差があるため、しゃがまないと俺の顔が写らないし、俺に合わせれば愛梨の顔が見切れてしまう。時間制限もあるので、まともな笑顔で撮れた写真は一枚しかなかった。でも、プリクラを撮るという行為が楽しいのだろう。愛梨はるんるんで落書きをしていた。

「ひっでぇ顔……」

 シールになったプリクラを眺めながら、すぐ手前のお店で買ったクレープを一口。ふんわり広がる苺の甘い香り。美味い。プラス百五十円の価値はある。

「お待たせしましたなのです!」

 愛梨はクレープを持ち、ベンチの上にぴょこんと座る。こうしてみるとカップルに見えなくも……いやそんなわけないか。

「もう行きたいとこねえのか?」

 ゲーセンと散歩くらいしかしてないけど。一通り周辺は回ったが、まだまだ時間はある。

「はいなのです! プリクラ撮って、クレープを食べるのが初デートの鉄則なのです!」

 パクリとクレープにかじりつく愛梨。

「そういうもんなのか……」

 デートの基本など俺は知らないが、愛梨が言うならそうなのだろう。俺は最近の女子事情なんて分からないからな。彼女もいたことないし。

 隣でもぐもぐと口を動かしている愛梨を見る。その姿はなんだか小動物みたいで、ついついその姿を眺めてしまう。

「一口食べるです?」

 俺の視線に気づき、クレープをこちらに差し出してきた。間接キスなんて言葉など知らない、そんな純粋そうな瞳が俺の男心をくすぐる。これはっ、通報されたりしないよな。

「いや、いいよ。同じ苺クレープだし……」

「おお! 同じものを選ぶなんて、愛梨と蒼真は一心同体なのです!」

「ははは」

 使い方少し違うけど、かわいいから許す。

「あむ」

 俺はクレープの最後の一口を口に放り込んだ。ごちそうさまでした。クレープなんて久しぶりに食べたな。口の中が甘すぎてカラカラに乾く。

「はむはむはむ」

 隣に目をやると、愛梨が一生懸命クレープを頬張っている。頬が膨らんだその姿が、リスみたいでかわいらしい。

「あ、ほっぺ」

「です?」

 愛梨が食べる手を止める。ピンク色に染まった頬に付いた生クリーム。愛梨はそれに気づいていない。俺はその生クリームを人差し指で拭い取った。

「付いてるぞ」

 指についた生クリームをペロリと舐めた。再び口の中に甘みが広がる。こうなると苺の酸味が欲しくなる。でも、これ以上食べたら確実に胃もたれコース確定だ。

「ん? なんだよ愛梨」

「……」

 彼女はキョトンとした顔で俺のことをじっと見る。え、もしかして生クリームを舐めたのがまずかった? また愛梨にまで不審者扱いされてしまうのか。ちゃんとティッシュで取ってあげればよかった。もう、俺のバカバカバカ。

「ご、ごめん。これはそういうつもりじゃ……」

 お願いだから通報だけはしないでくれ。学校に伝わったら、即退学になっちまう。

「ねえ、蒼真」

「な、何?」

 愛梨の表情は、真顔。その先を聞くのが怖い。心臓が少しバクバクする。

「蒼真は……」

 そう言いかけたところで、愛梨は口を閉じた。ピンク色の頬が少し赤くなっている。視線を下げ、口をもごもご。何か言いたげな表情だ。

「愛梨?」

 俺が呼ぶと、彼女は再び視線を俺の方に向けた。そして薄い血色のある小さな唇をゆっくりと開く。

「愛梨のこと、好き、ですか?」

「え……」

 彼女の透き通った声が俺の耳を刺激する。なんだ。何が起きた? 好きって、そういう好きってことでいいんだろうか。確かに愛梨のことは好きだけど、それは子どもとしてというか、同じ寮の仲間という意味で好きだということであって、恋愛感情があるわけではない。きっと愛梨も、それを分かって聞いているんじゃないだろうか。周りから不審者扱いされてる俺だぞ。愛梨が俺のことを好きになるなんてことないだろうし。年齢差もあるし。ここは何て言うのが正解なんだろう。好きだよ? でも、キモがられないか。じゃあ嫌い? いやそれは絶対ダメだ。というか嫌いじゃないし。うーん。

「……ああ、もちろん。好きだよ」

 妹みたいにかわいいって意味で、ね。本当に恋愛感情はないからね。俺手錠かけられちゃうからね。

 俺は愛梨に微笑みかける。すると、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。プレゼントを前にした子どものように。ご馳走を前にした食いしん坊のように。

「愛梨も」

 そんな表情のまま愛梨はこんな言葉を口にする。

「愛梨も、蒼真のこと大好きなのです!」

 ……なんて? 俺のことを好きだって? 七歳下の女の子の頬に付いた生クリームを舐めた俺のことを? 子どもへの対応が気持ち悪いという理由で学校を停学になった俺のことを? まだ出会って一週間しか経っていないというのに。いやいや、考えすぎだ。愛梨の好きも、きっと俺と同じお兄ちゃんとして好きだという事だろう。まだ小学四年生だし、十歳の子どもだし、恋愛感情なんてあってないようなもんだろう。何勘違いしてんだよ、俺。自意識過剰か。

「愛梨たち、両想いなのです!」

「あはは」

 不覚にも、ちょっとドキッとしてしまった。いかんいかん。気を確かに。

 それから俺たちは寄り道をすることなく寮へと帰った。まさかこれが、この先最悪の事態を招くなんて、想像もしないまま……。

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