第3話 キケンな誘い?

 新学期。わくわくした気持ちで学校へ向かうのか、沈んだ心で玄関に佇むのか、四人はピッタリ二手に分かれた。

「先生、誰になるかな」

「去年苺花のクラスは橋本先生だったよねです」

「学校……行きたくない……」

「うぷ、唐揚げ食べ過ぎた……」

 桃音は新学期になると発動する学校行きたくない病だろうが、柚葉が心配だ。朝から唐揚げを六個も食べていた。しかもタルタルソースをふんだんにかけて。始業式で吐いてしまわないだろうか。エチケット袋を持たせた方がいいかな。

「それじゃあ蒼真、行ってきますです」

「ああ、行ってらっしゃい」

 「遅刻しちゃうよ」と苺花が気乗りしない二人を急かす。俺が手を振ると四人の姿は玄関から消えた。

「さあて、掃除でもするかな」

 本来なら俺も学校へ行くはずだが、一カ月の登校禁止を命令されている。来月からは行けるけど、実習の参加が禁止とは。もし神様がいるのなら、現世の監視をもっとしっかりやって欲しいと頼みたい。なんて一人そんなことを考えていると、

「よお」

「うお!」

 振り向くとそこにはいせみんがいた。さもここの寮の住人かのように、当たり前と言いったような表情で。

「リビングの窓が開いていたから、勝手に上がらせてもらった」

「んな泥棒みたいな……」

「私は何も盗んでいない。侵入者と呼べ」

「どっちも変わんねえよ!」

 知らない人だったら即逮捕案件です。牢屋行きです。

「ふん、どうやら上手くやれているようだな」

「昨日は散々だったけどな」

 不審者扱いされて追い出されそうになったけど。未だに一人からは変態って呼ばれてるけど。

「日誌も見させてもらった。なかなかよく書けている」

「いつの間に!」

 いせみんの手にはさっきまで俺の寝室にあったはずの日誌が。やっぱり泥棒と呼ぶべきか。

「そういえば、あの四人ってなんでここに来たんだよ。見た感じみんな普通そうだったけど」

 俺を変態扱いするところを除いては。

「そんなの自分で聞きだしたまえ。私が喋ったら、ここに来させた意味が無くなってしまう」

 そう言うとリビングまで行き、いせみんはまるで自分の家のようにソファでくつろぎだした。ほんと、自由な人だ。というか、もう八時半近くなるけど、学校へ行かなくて大丈夫なのか。まあこんな威圧感のある人間を叱れる人も少ないと思うが。

「まあそう焦るな。時間はたっぷりある」

「別に焦ってねえけど」

 留年がかかっているし、不安はあるけどな。

 するといせみんは時計を確認し、立ち上がった。金色の高級そうな腕時計。彼氏からのプレゼントだろうか。いや、彼氏のいない非リアアラサーが自分へのご褒美と言い聞かせてボーナスで買ったという方が納得がいく。

「じゃあ私はそろそろお暇するよ。学校に行かないと行けないのでね。学校に」

「……」

 語尾を妙に強調された。いせみん、絶対この状況を楽しんでるよな。完全にいたずらっ子の目をしている。もしかして、俺がここに来させられたのもこいつのせいだったりして。

 そうこう疑っているうちに、彼女は鼻歌を歌いながらまたも窓から出て行った。あそこの鍵、ずっと閉めっぱなしにしようかな。


   ◆◆◆


 なんやかんやで一週間が過ぎた。

「ただいまですー!」

「おお、おかえり」

 愛梨の元気な声と一緒に、苺花、柚葉、桃音がぞろぞろと中に入って来る。今日も今日とて俺は暇人だった。掃除、洗濯、買い物をするだけの日々。俺、教師じゃなくて家政婦を目指した方がいいかな。なんて。

「今日の夜ご飯はなんなのです?」

「んー、どうしようかなあ」

 みんな俺がいる環境に慣れてしまったのか、最近絡んでくることがなくなった。あたかも俺のことを空気みたいに扱っているよう。ちゃんと話してくれるのは愛梨ただ一人。別に寂しくなんかないもんね。愛梨がいるからいいもんね。

「じゃあオムライスが食べたいのです!」

「んー、今卵がないんだよなあ」

 一応冷蔵庫の中を確認してみる。うん、ない。今日の朝目玉焼きを作るのに使ってしまったんだ。

「それなら買いにいけばいいのです!」

「え?」

「愛梨もついて行くのです!」

 ああ、なんて優しい子なんだ。俺は愛梨がいなかったら今頃病んでいたかもしれない。一緒に買いものね。これがギャルゲーだったら恋の始まりだったりするんだけど。

「おし! 一緒にスーパー行くか!」

「やったーなのです!」

 そう言って愛梨が万歳をした。帰りにお菓子でもおごってあげよう。


   ◆◆◆


 夕方の商店街。揚げ物のいい香りが俺の周りを漂う。今にもお腹が鳴りそうなこの感じ。空腹は最高の調味料。

「う~ん。このコロッケ美味しいのです!」

 とかいいつつも惣菜をおごってあげる俺。買い物を手伝ってくれたお礼だ。だって、あんなにも美味しそうにショーケースの中を覗くもんだから。

「オムライスのことも忘れるなよ」

 卵が安売りしていたから、二パックも買ってしまった。今夜は巨大オムライスのご登場だ。

「美味しいものならいくらでも食べれるのですー」

 うまいもんは別腹ってか。きっと甘いものも別腹だろ。一体何個別腹があるんだろう。

「なあ、俺がいない時もみんなあんな感じなのか」

「え?」

「ほら、みんな別々のことして楽しんでるみたいな」

 愛梨がうーんと首をひねる。まあ学年もバラバラなわけだし、寝ている時以外は一緒にいるからそんなに変わらないだろうけど。

「苺花ちゃんはいつも元気ーって感じで、柚葉ちゃんはおひとりさまさまって感じで、桃音ちゃんは何考えてるのかわかんない感じなのです!」

 うん、よく分からないが俺といる時と多分一緒ってことだろう。みんな特別仲がいいって訳ではなさそうだし、でもとりあえずは心配なさそうだ。

「あ、愛梨もいつもこんな感じ。みんなに笑顔をお届けする愛梨さまなのですぅっ」

 歯を出してニコッとアイドルスマイル。そんな姿がいとおしい。ほんとうに問題児なのか疑ってしまうレベルだ。

「なあ、愛梨って……」

「です?」

 不思議そうに俺の顔をのぞき込んでくる。なんであの寮にいるのか聞こうと思ったが、やっぱり今はやめておこう。

「いや、なんでもない。オムライス楽しみにしてろよな!」

「はいなのです!」


   ◆◆◆


 寮に帰ってからも、愛梨は夕食作りや、皿洗いを手伝ってくれた。なんだか大勢で生活をしているというより、二人で暮らしているみたいだ。四人を寮から卒業させるという目標を忘れて、ずーっとこのまま過ごしてしまいそう。それだけこの寮生活にも慣れてしまった。あんなに不安だったのに、人間慣れって怖いな。

「ねえ」

 風呂場へ向かう途中、柚葉が後ろから話しかけてきた。あいかわらずツンツンとした目つきで。なんだか不満を抱えていそうな表情だ。いつもそんな感じだが。

「愛梨と仲いいみたいじゃない」

「ああ、そうだけど」

 そういえば、愛梨には近づかない方がいいってこの間言われたような……。あれは愛梨が起こした問題と何か関係があるのだろうか。

「ふん、そのうち痛い目見るわよ。あーんなにデレデレしちゃってさ」

「デレデッ……」

「何? 図星でしょ?」

 俺、そんな顔してたかな。たしかに愛梨のことはかわいいとは思っているけど。

「とにかく、あんま勘違いさせるようなことはしない方がいいわよ」

「はっ。そんなことしてねえって」

 はたから見るとそんな風に見えるのか。俺はただ愛梨とお喋りしているだけのつもりなんだけど。

「いい? もう忠告はしないわ。これで最後だから」

「おい!」

 スタスタと行ってしまう柚葉を引き留める。柚葉はさっきよりもぶすっとした顔でこちらを振り向いた。

「なんでその、気を付けてとか忠告なんて言うんだよ」

「……」

「愛梨がなんかしたっていうのか?」

「……」

 無言。チャックの様に柚葉の口は閉ざされたまま。

「別に」

 どうやら何も答える気はないようだ。そう一言残すと柚葉は自分の部屋へ籠ってしまった。うまくいかないな。色々。

「あ! 蒼真!」

「愛梨!」

 噂をすれば。ピンクのドット柄のパジャマがよく似合っている。昼間とは違って、巻きの取れたストレートヘアも実に素敵だ。

「蒼真、今度の土曜日暇なのです?」

 休日に限らず俺はいつでも暇だ。なんせ学校を停学になっているからな。はっはっは。というのは黙っておいて。

「ああ、空いてるけど」

「ほんとですかです!」

「もちのろん!」

 その瞬間、愛梨の顔がぱああっと輝いた。無邪気でよろしい。柚葉の言う意味深な言葉など忘れてしまうよ。

「じゃあ……」

 と言いかけ、なんだか恥ずかしそうに体をモジモジさせる。頬も少し赤い。なんだ。一体何を……。

「デート、しましょうです!」

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