第2話 新生活
「お、おいしいのです!」
そう頬を膨らませ、たった今俺が作ったばかりの唐揚げをほおばる愛梨。つられて「私も私も」と、三人が箸を持ち始める。こんな光景を見ていると、作ったかいがあったと思える。
「うまままま」
「変態にしてはなかなかやるわね」
「変態は余計だ」
みんないい食いっぷりだ。どんどん減っていく唐揚げの山。俺も無くならないうちに食わないと。
「今まで自分たちで作ってたから、こんな豪華な料理は久しぶりだね!」
「そんな豪華って程でも……」
「いつもすぐできるうどんとか、冷凍食品ばかりだったのです」
「そうだったのか……」
どうやら俺が思っていたよりも寂しい生活を送っていたらしい。そりゃ寮母がいなかったらそうなるわな。春休みが始まった頃からここに住み始めていたらしいが、親元を離れて全部自分たちの力で過ごさなきゃならないなんて。いくら問題児とはいえ可哀そうだ。そういえば、こいつらみんな問題児なんだよな。そんな感じには見えないけど。一体四人は何をしたっていうんだ。
「なあ、みんなはなんでこの寮に来たんだ?」
つい数秒前までにぎやかだった食卓が、一気に静かになった。四人とも食べる手を止め、暗い表情をして俯いている。どうやら地雷だったらしい。
「ごちそうさま」
まだ半分以上も茶碗の中は残っているというのに、柚葉はそう言って部屋を出て行ってしまった。
「柚葉ちゃん……」
苺花の声が虚しく響く。そんなに聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか、俺は。
その後も無言の時間は続き、微妙な雰囲気で彼女たちとの初めての夕飯を終えた。
◆◆◆
「いっつ……」
食器洗い。洗剤がささくれに染みる。あんなにたくさん作ったのに、結局唐揚げは大量に余ってしまった。明日のお昼ご飯にでもするとしよう。
「手伝いますです」
ぼーっとお皿を洗っていると、いつの間にか俺の隣には愛梨が立っていた。シンクの中を覗き込みながら、袖をめくり始める。
「愛梨……」
「別に愛梨はちゃん付けでもかまわないですよ?」
そう上目遣いで俺の顔をのぞきこんでくる。なんだろう。この子の仕草一つ一つが俺の心をくすぐる。クラスの男子からもモテそうだ。
「や、こっちのが呼びやすいし」
すると愛梨は、テーブルの椅子をズリズリと引きずりながら俺の横まで持ってきた。ぴょんっとそれに飛び乗ると、慣れた手つきで俺が洗った食器を次々と拭いていく。
「それじゃあ愛梨は蒼真って呼ばせていただきますです」
微笑んだ姿がまるで天使のようだ。さっきまでの気まずい雰囲気とは裏腹に、俺の心が浄化されていく。っていかん。これじゃあまるで俺がロリコンみたいじゃないか。単なる子ども好きだ。子ども好き。
「さっきの、気にしなくてもいいのですよ」
「へ?」
「みんな、初めての寮母さんに戸惑っているだけなのです」
「ああ……」
それでも、やっぱりあの反応はマズイことを言ってしまったのではないかと思ってしまう。ま、でも、会ったばかりの見知らぬ男にそんなペラペラと自分のことを話す方がおかしいのだろう。いや、会ったばかりではないか。俺、変質者として知られていたんだった。
「困ったことがあればなんでも愛梨に言って欲しいのです! 相談に乗りますです!」
「おお、それは助かるな!」
「へへ、特に恋愛に関してはクラス一番の上級者で――」
「ねえ、お風呂まだなのー?」
愛梨の言葉を遮るように、苺花が声を上げた。振り向くと、彼女は退屈そうにソファの上で伸びている。その隣でテレビを見ている桃音。俺は濡れた手を拭き、エプロンを外す。
「愛梨、ごめんだけどそれ拭いといてくれるか?」
愛梨の食器を拭いていた手が止まる。
「別に……かまわないです」
ゆっくりと絞り出されたその言葉。ちょっと不満そうにも聞こえたが、きっと気のせいだろう。俺は愛梨を置いて、「早く早く」と急かす苺花をなだめた。
「確か、風呂はこっちだったよな」
階段の横を通り抜け、一番奥の部屋。確かここがそうだ。
電気をつけ、ドアを開けると、隣の扉が開く音がした。一緒に水の流れる音も聞こえる。
「柚葉!」
そこには彼女の姿があった。昼間初めて会った時と同じ、不愛想な表情。柚葉は俺に気付くと、キッと睨みを利かせる。
「何、今度はトイレ覗きに来たの?」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ」
「べっつにー。変質者がトイレの前にいたらそう思うのが普通でしょ」
まだ言っていたのか。一体いつになったら俺のことを普通の高校生扱いしてくれるんだよ。
「あんた、愛梨とは関わらない方がいいわよ」
「え……」
「あの子は危険だから」
一体何を言い出すかと思えば……。愛梨が何かしでかしたとでもいうのか。いや、ここは問題児たちが集まった寮だ。みんな何かをやらかしている。
「それってどういう――」
「いい? 忠告はしたから」
どうやら俺の言うことは全く聞く気がないようだ。俺、一応柚葉よりお兄さんなんだけどな。変態だとこんなにも人間としての価値が下がってしまうものなのか。いや俺は認めてないけどね?
「あと!」
「ひゃい!」
柚葉は右人差し指を俺の前に突き出す。びっくりして思わず変な声が出てしまった。危ない危ない。
「さっきの唐揚げだけど、明日の朝ごはんに食べたいから捨てないでよね」
「……」
なんだそんなことか。唐揚げなら冷蔵庫に保存してある。やっぱり、あれだけしか食べてないからお腹すいちゃうよな。それならそうと素直に言えばいいのに。
「ちょっと! 聞いてるの?」
「ああ分かったよ。明日の朝ごはんな」
「そう、絶対よ」
そう言うと柚葉は二階へ行ってしまった。ゆらゆら揺れるツインテールを、ついつい目で追ってしまう。
というか、よくよく考えれば朝ごはんに唐揚げって重くないのだろうか。目玉焼きにしようと思っていたけど、予定変更。とりあえず明日の朝はご飯を炊くだけでいいな。
◆◆◆
「四月八日日曜日。春休み最終日、俺は新居へと引っ越した。新居と言っても小学生が住んでいる寮のことだ。俺は舎監として、小学生たちのお世話をすることになったのだが、その小学生が色々と問題で……」
駄目だ。いせみんに毎日日誌を書くよう言われたが、今日一日のことを思い出していたら心がへし折れそうだ。みんな俺のことを不審者でも見るような目で見てくるし、柚葉には今日一日変態呼ばわりされていたし、お風呂の時なんか、覗かれないよう扉にストッパーを付けられたし……。
「はぁ……」
愛梨とは打ち解けることができたが、色々不安だ。一年間やっていけるだろうか。しかも、四人をこの寮から卒業させなければ、俺の将来が潰されてしまう。それだけは御免だ。
ペンを持った手を再びノートの上に走らせる。
「俺のことを変態呼ばわりしたり、変質者のようなあしらい方をされたけど、唐揚げをほめてくれたのはちょっと、いやすごく嬉しかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます