第44話 人類の行き先
「アルバートの件が頭から抜け落ちている訳ではないだろう?」
狼狽えるオーガスに、カイはあくまで冷静に答える。
「そして、済まないな。君には一つ、嘘を吐いた」
「何だと? まさか……仕掛けが?」
オーガスの表情が、唐突に青褪めた物になる。
俺は二人の会話を聞きつつ、右手に握った拳銃の銃口だけを取り乱した金髪の少年に向け、小さく口を開く。
「……オーガスの頭を狙え」
――了解です。
手首のみで、しかも射撃姿勢もとらずに精密な命中をさせることは難しい。だが、俺にはケイが居る。わざわざ目立つ射撃姿勢を取る必要はない。
「よく見たまえ、ジルドレとアダム――ああ、そうか、君は見れないな。とにかく、虹彩の色相や頭髪など、微妙に本来の色から変わっている。それでは認証を突破できない」
どうやら、俺の仕掛け――外見情報を少しずらすことで、管理者権限を剥奪する方法は成功していたようだ。それはなんとなく彼らの話を聞いていればわかる。だが、カイが持っているELF――ジルドレは何故俺の仕掛けが効かなかったんだ?
「すぅ……」
息をわずかに吸い。拳銃の引き金をゆっくりと絞る。
疑問は尽きない。俺の仕掛けを避けた方法もだが、カイの目的もだ。
しかし、それでも目の前にいるELFの身体を乗っ取った存在は殺しておくべきだ。俺はそう考えていた。
「くっ……つまり僕は君に嵌められたという訳だ」
「そうなるな。それと……どうやら、脳移植の副作用が始まっているらしいな。オーガス、君はそんな口調――」
乾いた音が弾けて、どう見ても少年にしか見えない男は、赤い華を咲かせて地面に倒れる。俺の弾丸は、正確に彼の頭を撃ち抜いたようだ。
「ほう……?」
「話が長いんだよ。敵がいる状況で」
――対象の生命反応は微弱に残っていますが、恐らく身体となったELFの物でしょう。無視して問題ないと思います。
くわしい話はともかく、ケイの分析とこいつらの話を聞くかぎり、オーガスは延命のために一人の命を犠牲にしている。中央街に残るための生け贄はまだ直接殺す事はないが、こいつは肉体を奪っている。しかも、ジャンヌの同族をだ。
「……それで、じいさんたちも俺の敵か?」
俺は車椅子にのった老人と、二人の男たちへ拳銃を向ける。彼らが俺と敵対するのなら、今俺の服を掴んでいるジャンヌと共に戦うつもりだった。
「ふん」
老人は拳銃を向けられているというのに、全く動揺を見せず、考え込むように鼻を鳴らす。
「まずは、結論から言おうか、私は敵ではない」
落ち着きはらった声で、彼は手を組んでそう口にした。
エルシルに不時着した時、船員は一〇〇〇人いた筈が、二〇名と少ししか残っていなかった。
人間が主として存続できる有効個体数が五〇〇、それをはるかに下回る人数しか残されていなかった「ノア」乗組員たちは、死んだ人間たちからDNAを採取し、胚を作り人類を再生することにする。
ELFの生成に使用するプラントを改造し、それを利用することで作られた第一世代のクローンは、高速学習を受け、この星での開拓を手伝ってくれるはずだった。
問題が起き始めたのはその数十年後、クローンたちが高速学習中の記憶と、ここでの記憶を混同し始めたのだ。更に始末の悪い事に、生き残った船員の一部からもそのような声が上がる。
そして、元老院という名の生き残った船員たちによる生存会議は、本星への帰還を夢見る人々の作戦会議場となったのだ。
「――信じられないな」
カイからの話を聞いて、俺は率直な感想を話す。そんな歴史は今まで誰からも聞いた事が無い。
「それでも事実だ。私はそれを見続けてきた」
「だったら、何故反対しなかった? それができない身分じゃなかっただろう」
俺は照準をカイの眉間に合わせたまま話を続ける。彼の話を信用するにはまだまだ疑問が残るし、俺自身にも警戒心が残っていた。
「たとえ、偽りでも本星への郷愁を感じ、それを実行に移せるのであれば、そちらが人類の選択なのだと思っていた。それに、この地で生きていくとすれば、それを跳ねのける強い意志が無ければならない」
彼の話す事は事実なように思えるし、嘘のようにも思える。ここまでで矛盾はないが、口でなら何とでも言える。という風にも捉えられる。
このユニットが満たす冷気で、指がかじかむ。信じるかどうか、決めなければならない。
「……いや――」
お前の言うことは信じられない。そう言おうとした瞬間、殺気を感じてジャンヌごと身体を地面に伏せさせた。
「っ!!?」
だが、攻撃は三人のいる方向からは飛んでこない。代わりに爆発音と共に、さっきまでオーガスの死体があったはずの場所から凄まじい熱風がふきつけてくる。
「敵がいる状況で話が長いのはお互い様だったようだねえ!」
オーガスは起き上がると、額の傷跡を手で覆う。それだけで彼の額に会った傷跡は跡形もなく消滅していた。
「危なかったよ……でも、頭蓋骨で弾丸がはじかれて破壊をされなかったのは幸いだな、つぎは胸か眼孔を狙うといい。まあ――」
言いながら、金髪の青年は片手をこちらにかざして、言葉を呟く。
「次はないがな」
オゾン臭と共に、青白い雷光が彼の指から迸った。
「っ!!」
ジャンヌが力場を形成して電撃を弾く。俺はケイを信頼して再び銃口を向け、引き金を絞るが、オーガスは灼熱のプラズマを発生させてそれを蒸発させてしまう。
「ははっ、この身体では『ノア』を動かせないなら、そこに二人も素体があるじゃないか!」
オーガスは更に出力を上げて、周囲の冷凍睡眠ポッドを薙ぎ払いながら電撃を迸らせる。完全に理性のタガが外れているような状態だ。
「っ……!」
この圧倒的出力、ジャンヌはメインジェネレータからの供給でバリアを形成しているが、逆に言えばそれ以上の事は何もできない。拳銃では攻撃も届かず今は完全に膠着状態だ。
「お行き下さい。終わりの――いえ、新たな担い手様」
だが、その戦いに味方が増えればどうなるか。
ジャンヌが力場を生成しているところで、長髪のELF――ジルドレが前に歩み出て、バリアを肩代わりする。
「お前――」
「マスターは、あなたに掛けるとおっしゃいました。ですので、人類の存続と幸福のためには、あなたが必要だと判断いたしました」
ジルドレがバリアを肩代わりしてくれたおかげで、ジャンヌが動けるようになる。そうなれば、まだ俺たちに勝機はあった。
だが、ちょっと待て、こっちに防御を割いているという事はあの二人は――
「あの……」
「待て、やることを済ませてからだ」
俺は思考に沈みかける自分に言い聞かせるように、ジャンヌを諭した。ジャンヌは初めて出会う同族に、何かを話したそうだったが、それでも先にやるべきことがあるのだ。
「……行くぞ!」
「はいっ!」
彼女を背負って、電撃の嵐の中を駆ける。ジルドレが姿勢を整えるタイミングを作ってくれたおかげで出来た作戦だ。
電撃とプラズマで銃弾は無効化されてしまう。だとすれば、直接接近して叩くしかない。俺は金属カッターの電源を入れつつ、オーガスへと突進する。
「っ……!! 『使い捨て』風情がぁ!!」
「お前こそ死にぞこない風情だろうが!!」
憎しみと怨嗟の篭った声を引き裂くように金属カッターの刃を走らせ、俺は確実に喉笛を切り裂いたのだった。
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