第43話 管理者権限発動
「っ――!!!」
それがプロトアビスを倒した時と同じ威力の電撃だと気づいたのは、攻撃の余波が収まると同時に酷い耳鳴りがしたからだった。
――バイル! 後退しましょう!
視力と聴力が回復するよりも早く、俺はジャンヌを連れてポッドの陰に隠れて距離を取る。手探りで何とか隠れた俺たちだったが、状況の把握ができない。とはいえ、あのままじっとしているのは間違いなく不利だという事だけは分かった。
「なるほどなるほど、サブジェネレータのエネルギーを利用するだけで、これほどの力が得られるのか。ELFの肉体は素晴らしいな」
聴力が戻ったところで、ポッドから出てきた存在が歌うように陶酔したセリフを話すのが聞こえる。どうやら、相手はZETによるエネルギー遷移を使いこなしているらしい。
「ふふふ、どうやら侵入者は身を隠したようだが……いや、それとも逃げたのか?」
歩き始めた気配を感じて、俺は幾分か回復した視力と聴力を頼りにさらに距離を取る。
「バイルさん。怪我はありませんか?」
この辺りでいいか。そう思ってポッドの側で座り込むと、ジャンヌが俺をいたわる様に手を添えてきた。
「ああ、怪我は――」
自分の身体が五体満足でピンピンしていることに、今更ながら疑問を持つ。プロトアビスを一撃で葬ったあの攻撃を、生身の俺が受けて無事でいられるはずがない。
「良かった。斥力バリアの展開は間に合ったようですね」
「バリア……?」
――あ、電撃がバイルを避けて落下したのはジャンヌが何とかしてくれたんですね。
「はい、メインジェネレータからエネルギー供給を受け、斥力場を形成しました。相手が電撃や炎などのプラズマ、冷気等を使用するかぎりは攻撃を受けません」
「……そうか、助かった」
俺はジャンヌの頭を撫でる。
「ですが、物理的な攻撃やエネルギーが強すぎる攻撃には無力なのでお気を付けください」
彼女は表情を変えないままそう言うが、少し顔が赤く見えたのは、このユニットの温度が低いからだろうか。
「ケイ、活動限界まではどのくらい猶予がある?」
――そうですね、DAZEを無理に動かしたこともありますし、あまり大きな行動は出来ませんが、ある程度ならまだ動けますよ。
「じゃあ、エイムアシストだけ頼む」
俺は外套の下につけているホルスターから拳銃を抜いて、ケイにそう伝える。これでノーロックでミサイルを打つ時と同じように、大体の狙いを定めて撃てば当たるようになる。
後はジャンヌの斥力バリアで攻撃を避けられれば、とりあえずは対抗できる。俺は意を決すると、ジャンヌと共にポッドの陰から身を晒して、歩き回るELFのような存在の前に立ちはだかった。
「おや、そうか、逃げなかったか」
「お前は――」
彼の表情を真正面から見て、俺は言葉を詰まらせた。
それは奇妙で、顔の半分は酷薄な笑みを浮かべ、もう片方は悲しげに目を潤ませており、ちぐはぐだった。
「そうだな、自己紹介をしておこう。僕はオーガス・ノヴル。元老院議員にしてELFの肉体を得たものだ」
元老院議員? メンバーの中にELFが居るなんて言う話は聞いた事が無い。それに、ELFが既にいるならもっと早く「ノア」は修復されているはずだ。そもそも「肉体を得た」というのは……?
――バイル。彼の中には脳と身体で別の意識があります。
俺の疑問に答えるように、ケイが話す。つまりこいつは、ELFの肉体を乗っ取ったということか。
「……」
ジャンヌがオーガスの姿をじっと見つめつつも、俺の服を強く掴む。同族の姿を乗っ取った存在を見ての恐怖は俺の想像を超えるものがあるだろう。
「おや、君もELFを従えているのか……ということは、アルバートの手の物だな?」
オーガスと名乗った男はそう言って、納得したように頷いた。
「この身体は良いぞ、なにせ寿命が人間よりも遥かに長い。そして老いとも無縁だ。その上『ノア』をも操れる」
彼が手を軽く動かすと周囲に青白い靄が浮かび、次の瞬間には電撃が走る。ジャンヌによる斥力フィールドで、それを凌いだが、周囲にある冷凍睡眠装置のいくつかはそれにより破損してしまった。
「おい、お前らにとって、これは大事な装置だろ。壊していいのか?」
「正しくは『大事だった』だね、今となっては安定稼働する保証のない不良品、せいぜい市民を釣るエサでしかない。ましてや既に役割を終えた『使い捨て』ごときが気にすることでもないよ」
オーガスが手を振ると、その軌跡に沿って橙色の炎が現れて、熱波を発生させる。それも何とかジャンヌのバリアで防いだものの、出力が明らかに上昇していた。
「しぶといな、やはりメインジェネレータからエネルギーを得ないとダメか」
オーガスは溜息を吐き、一呼吸おいてから呪文を詠唱するように言葉を紡いでいく。
「管理者権限発動、ELF識別名『アダム』よりゾハルメインジェネレータ出力解放、X座標264.559・Y座標91.489へエネルギー遷移、コードF――」
「っ!」
ジャンヌが力を込めるように息を詰まらせ、バリアの強度を高める。しかしオーガスはそれを上からねじ伏せるように、命令文を締めくくる。
「BURN STRIKE」
その言葉が発せられた瞬間、俺は両手で顔をガードした。既に退避しようにも、さっき以上の出力で攻撃されれば、逃げ場はなく。ジャンヌを置いていくわけにもいかなかった。
「っ……?」
しかし、来ると思っていた衝撃も熱も無く。部屋を満たす冷気のみが穏やかに体温を奪っていくだけだった。
「な、何故だ!? 何故メインジェネレータが反応しない!?」
俺の疑問がさらに膨らんだのは、オーガスの言葉だった。起動用の命令文は、ある程度表記ゆれがあっても作動するようになっている。ならば、単純に管理者権限が無いという事ではないのか。
「当然だオーガス。君の持っているELFは私のジルドレや、彼のジャンヌとは別なのだからな」
全員が困惑していると、聞き覚えのある声が聞こえた。しわがれた、しかし強い意志を感じさせるその声の主は、大男の従者と、金髪の青年を従えている。
「別……だと!? どういう事ですか。カイ!!」
オーガスはその人物に向けて声を張り上げた。
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