第42話 墓標
――現在
「懐かしいな……」
自然とそんな声が出ていた。
ここで俺が故障を見つけなければ、何も考えずに本星への帰還を夢見て作業していただろう。
整然と並ぶいくつもの冷凍睡眠ポッド。その中には未だに墜落時に死んでしまった人間が入っている。
墜落により、極低温に調整された内部で身体を半分に割ったしまった者。
冷凍効果が切れ、自然解凍によって死亡した者。
制御不能に陥り主電源が戻ろうとも解凍が不可能な者。
そのどれもが、取り出されることも無く大仰なポッドに鎮座し続けている。
――なんというか、静かですね。
サブジェネレータによる供給のみで動いていた時よりも、メインジェネレータが動いている今の方が保冷用のモーター音が大きくなっているが、この部屋に来た事が無いケイにしてみれば、静かと言う外ないのだろう。
――あちこちに微弱な生体反応はありますが……とてもじゃないですが、生きている反応ではありません。
珍しくケイが不快感をあらわにして語る。彼女が好奇心以外の感情を持つことはほとんど無いのだが、流石にこのポッドが立ち並ぶ廃墟のようなユニットには良い感情を抱かなかったようだ。
「まあ、そうだな。ここは『ノア』の修理でもかなり後回しにされていた部分だった。俺が端街へ追い出される前にちょっと弄ったくらいで、ここはほとんど墜落時から弄られていないはずだ」
白い息を吐いて、俺は歩みを止めずに答える。このユニットは摂氏五度前後を保つように空調が整備されており、中央街の外と比べると、凍えるような寒さだった。
このユニットには最も大事な人間そのものを保管しておく場所だけあって、システムが落ちていても埃が積もるようなことも無い。整然とした空間で、手入れも行き届いているというのに、この場所には人がいる気配も、生命の温もりも存在しなかった。
「……まるで、お墓みたいですね」
歩くうち、ジャンヌもぽつりとそう呟いた。
「墓か――確かに、そんなものなのかもな」
マーシャおばさんの墓は、雨によって掘り起こされていないだろうか。野ざらしにして、朽ちていくのを待つだけの弔いと比べると、ここに立ち並ぶポッドたちは随分と仰々しかった。
本星のアーカイブの中に、墓地の映像もあったが、確かに死んでいる人間一人一人のために石で墓標を立てている姿は、このポッドたちと似ているのかもしれない。
しかし――立ち並ぶポッドを見渡し、奥へと歩いていくが、一向に何もない。カイがここに向かえと俺に言ったのは何だったのか。
不審に思いつつ、外套をしっかりと着なおして冷気から身を守ると、俺たちは冷凍睡眠ユニットの中心部――今何とか正常稼働しているエリアまで歩みを進める。
――ここ、ちょっと雰囲気が違いますね。
「……システムがこの周辺だけ生きています。使おうとすればすぐに使えるでしょう」
ジャンヌとケイの会話を聞き流しつつ、俺は周囲を観察する。
この周辺には蓋の開いたポッドがいくつかあり、それらに入っていた人間が俺たちの祖先であり、元老院の初代メンバーだった。
二〇かそこらの生き残りで、上手い事人間を増やしたものだ。俺はそのうちの一つに手を掛けて、ポッドの上に登って周囲を見渡す。
「バイルさん?」
「このままやみくもに歩いても仕方ないだろ。何か変なものが――」
見上げてくるジャンヌに説明をしつつ、周囲を見渡すと、奇妙なものが見つかった。
それは赤色のランプで「ポッド使用中」という意味を持っている。つまり、現在進行形で冷凍睡眠装置を使用している人間が居るという事だ。
「どうかしましたか?」
「妙なものを見つけた。あの爺さんが言ってたのはアレかもしれない」
ポッドから飛び降りてジャンヌにそう話すと、俺は赤色のランプがついていた方向を指差す。
――確かに、バイルが指さす方向に微弱ながら生体反応がありますね。
ケイの太鼓判もあり、俺たちは少しだけ歩調を緩めて目的地へと向かう。
一体、何が冷凍睡眠しているのか。生物兵器? 間抜けな技師? あるいは寿命があとわずかな老人?
俺は色々な可能性を探りつつ、問題のポッドが直視できる場所までたどり着いた。
「あ……」
ジャンヌが声を漏らしたその時、ポッドの蓋が白い煙を吹き出した。
次いで蓋が大きく動き、内部を露出させ、中に居た人影がゆっくりと動き出す。
「おや、スタッフはどこへ行った? 完了するころには戻って来いと言ったはず――」
その人影は小さく、ジャンヌと同じ程度の大きさしかなかった。だが、その口調から漂う雰囲気は非常に老成しており、どこかアンバランスだった。
「ああ、なるほど。侵入者が現れて、緊急事態という事ですか。しかし――そうであればなおのこと、僕……私の近くに居なければならないでしょう」
それは俺達に気付いたようで、何かぶつぶつと言いながら、カールした愛らしい金髪を揺らし、緑色の瞳を細めて、こちらに会釈をした。
「何はともあれ、初めまして侵入者さん――そして、さようなら」
彼がそう言うのと、視界が漂白されるのはほぼ同時だった。
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