11 ライフ

第41話 寿命を接ぐ

――一〇時間前



 どうするべきか、カイからの忠告を受けたオーガスは迷っていた。


 本来ならば、もっと前例を見た後で行いたかったが、待っていては手遅れになる可能性があった。


「おじいさま、どうかしましたか?」


 私室のソファに座り、頭を抱えていると、アダムがその屈託のない緑色の瞳で覗き込んでくる。


 ELFを信用させ、眠りに落とさせた後で「事」を行う。それがオーガスの作戦だったが、そのためには冷凍睡眠装置が必須だった。


 眠る必要が無く、数千年を生き、管理者権限さえ持つ、ELFの優位性は彼にとって喉から手が出るほど欲しいものだった。


「いや、何でもない。気にすることは無いのだよ」


 アダムに張りぼての笑顔を向けつつ、オーガスは考える。


 カイのいう事が事実だというのは、既に調べがついている。さんざんELFが来てから、身体を調べまわったのだ。データは既にそろっている。


 問題は技術だ。医療チームはまだ経験が無さ過ぎる。今行うのは失敗が許されない手術である。VRで練習させているが、実際にさせるとなると……


「おじいさま、僕は不安です……彼らは、僕の身体に何をしたのでしょう……」


 考えを巡らせていると、アダムが身体に寄りかかってきた。


「……」


 不安は残る。襲撃者はいつ来るか分からない。そして、警備を整えきるには時間がかかる。


 アルバートとその秘書を拘束したのは、元老院メンバー以外には割れていないが、定期的な連絡をしていたとすれば、襲撃者は今夜にでも来るだろう。それまでにできることはあまりにも少ない。であれば――


「何も心配することは無いのだよ。お前の身体は我々に近い形になっている。そうならば、本来眠る必要のないELFとて、睡眠が必要になるのだろう」

「でも、僕は眠り方が分からなくて――」


 オーガスはアダムの言葉を遮るように頭を撫でて、立ち上がる。


「医療・再生ユニットへ向かおう。そこなら少しは眠る方法を見つけてくれるかもしれない」



――



 おじいさまは僕にとてもやさしい。


 だって、不安に思ったことは彼に言えば何でも解決できるのだ。


「では、こちらの薬剤を吸入してください」

「はい、わかりました」


 医療スタッフの人から受け取ったチューブは、白い煙がゆっくりと流れだしていた。


「二回か三回呼吸をすれば意識が無くなりますからね。力を抜いて、リラックスしていてください」

「……」


 僕は言われた通りに身体の力を抜いて、チューブから漏れ出る白い煙を吸入していく。


 その時、何故か今までの記憶が高速で脳裏を駆け巡った。


 制服を着た人たちに、シリンダーから取り出された記憶。


 おじいさまと始めて会って、抱きしめられた記憶。


 まだ数日しか生きていないけれど、この世界は幸福で満ち溢れていた。僕はそれに何の不満も無かったし、おじいさまのためなら何でもしてあげたいとさえ、今は思っている。


 でも――


 僕は考える。


 ずっと小さな違和感として――


 脳裏にこびりついて離れない違和感がある。


 どうして、おじいさまは僕のことを――


 名前で呼んでくれないんだろう。



――



「ELF026 アダム、意識喪失しました」

「うむ」


 オーガスは医療スタッフの言葉に満足して、深く頷いた。


「しかし……よろしいのですか? 成功率は高いとはいえ、ELFを殺す事に――」

「いいのだよ。それに、ELFの能力が失われるわけではない」


 白を基調とした部屋の中、オーガスは思考と乖離した柔和な笑みを浮かべている。


「ただ、この能力を誰が使うか、それが変わるだけ……これは損失ではない。効率化だ」


 ELFの脳を摘出し、代わりにオーガス自身の脳を移植する。老いた肉体を捨て、永遠に近い肉体を得る。それが彼のやろうとしている事だった。


 本星に帰還できたとして、そこで十分な延命治療を受けられるとは限らない。そもそも航行中に冷凍睡眠ユニットが完全に使い物にならなくなる可能性すらあるのだ。ならば、ELFの肉体を得てしまえば、本星への帰還までは生存できるだろう。オーガスの考えは、そのような物だった。


「は、はぁ……」

「さあ、それよりも、早く冷凍睡眠ユニットへ移動しようではないか。資材の移動は済ませてあるのだろう?」

「あ、はい。それは済ませてあります」


――脳移植。

 成功率は高くない上に、倫理的に禁忌とされている技術だが、倫理規定の改定や、拒絶反応を抑制する薬剤、そして冷凍睡眠技術と、ELF自体のドナー適性。それらがすべて合わさることで、実用に足る技術となっていた。


 また、手術に携わる医師には全員がその手術をVRで予行演習を行い。極限まで成功率を高めさせている。これに他の議員からの成功報告などがあれば、文句のつけようがないほどに準備万端と言えたのだが、残念ながら臨床試験のデータを積むには少々時間が足りなかった。


「ふふ……故郷の姿をこの目で見るまでは、私は死ぬわけにいかないのでな」


 様々な機材と共に、ELFの少年が運び出されるのを見つつ、オーガスは誰にも悟られないよう口角を吊り上げた。その表情はいつも張りつけていた柔和な笑みではなく、その下にある利己的で、酷薄な笑みだった。

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