第36話 移民船へ

――一〇時間前


「やはりアルバートは『外』と通じていましたか」


 起動した「ノア」のメインジェネレータを見届け、アルバートを拘束したことで、オーガスはようやく安心できたようで、深く息を吐いた。


 場所はオーガスの私室、アダムはジルドレと共に「ノア」の本格的な検査をしている筈だった。


「ああ、そうだな……苦労したが、何とか彼自身に盗聴器をつけることができた」


 話し相手はカイ・キリヤである。彼は大柄な男を後ろに立たせつつ、オーガスの歓待を受けていた。


 任意のタイミングでのみ稼働する盗聴器は、一度チェックをされた後に動かすことで、検知から逃れることができる。それをアルバートと接触した際に彼の衣服に忍ばせていた。というのが、カイの行った事だった。


「しかし、奴は用心深かった。外と通じている事は分かっても、具体的に何をしたのかまでは分からぬ」

「ですが、これ以上の事は起こしようがないでしょう。セキュリティも万全です。これからは本星帰還へ向けて――」

「いや、それよりも優先すべきことがある」


 安心しきって上機嫌なオーガスに対して、カイはそのひげを弄りながら言葉を遮った。


「私が調べたところ、ELFの細工は小さなものだったが、無視できるものではないからな」

「ほう、どのようなものですか?」


 オーガスが興味を持って身を乗り出すと、カイはじっと相手の目を見て口を開いた。


「簡単に言うと、人間に近くなっているのだ」


 その言葉を聞いて、オーガスの表情に喜悦が浮かんだことを、カイは見逃さなかった。


「……と、言いますと?」

「認証キーまでは無理だったようだが、普通の肉体にしようとしたのだろう。ドナー用クローンのような状態になっておる。拒絶反応もなく、素体としては理想的な個体だ」

「……」


「そのうえ寿命は人間の何倍もある。オーガス君のやりたい事ができるのではないかね?」


 カイはそれだけ言うと、視線を逸らして秘書である大男に合図を送り、席を立つ。


「まあ、急ぐ必要はないと思うが、ELFの力を得たいと思うのなら、早いほうが良い。アルバートとつながっていた『外』の人間が乗り込んでくるぞ。冷凍睡眠装置をこれ以上壊されたくないだろう」

「で、ですが、セキュリティは万全なはずで……!」

「私もそう思うがな、なにせアルバート君が口を割らない。明日から警備は増やすが、果たして安心していいものか」


 去り際に言ったその言葉は、ドアを開けて彼らが出て行った後も、オーガスの脳内でしばらく反響していた。



――現在



 真夜中を過ぎると、省エネルギーのために照明は最小限になる。活動する人間もいないので、オフィス街であるこの辺りはほとんど最低限の灯りしかないような物だった。


 ここ、エルキ広場は最も「ノア」に近い広場であり、現在ベンチでうなだれる彼の職場から目と鼻の先にある場所だった。


「はい、コーヒーでよかったよね?」

「ありがとうございます。先輩」


 彼は深夜過ぎまでかけて仕事を終え、今は職場の先輩である彼女とお互いを労い合っていた。彼は受け取った缶コーヒーのタブを開けて、口元に傾ける。


「はぁ……僕って仕事向いてないんですかね」


 彼がため息と共に、暗い言葉を零す。そんな言葉を受けて、彼女は優しく微笑むと、彼の背を軽く叩いた。


「まあ、たまにはあるじゃない。気にしないほうがいいわよ」


 仕事がこの時間までかかったのは、彼のミスが原因で、一か所の数字間違いをこの時間まで手作業で探し回っていたのだった。


「先輩に迷惑かけちゃうし……」


 彼の中で一番気にかけていたことは、彼女を巻き込んでしまった事だった。自分一人でなら明け方までかかったとしても、どうってことないが、無関係の彼女が一緒だと、そうもいっていられない。


 結果として、真夜中過ぎに仕事を終えられたからよかったものの、深夜帯の最低限しかない照明を見ていると、彼の中で申し訳ない気持ちが際限なく膨らんでいった。


「いいのよ、後輩なんて最初の内は先輩に迷惑かけるのが仕事なんだから」


 落ち込む彼に、彼女は明るく励ますような声を掛ける。その声が彼の中で「気を遣わせてしまった」という形を作り、重くのしかかってくる。


「それに……私も君と一緒に居れてラッキー……なんて思っちゃったりして」

「え、それって――」


 彼がその言葉に思わず顔を上げた瞬間、広場の中心で爆発音と共に土煙が巻き上がった。そして、その土煙が収まるより早く中心からは飛翔体が発射され、爆発音が響く。


「な、なにが起きてるんだ!?」


 驚きつつも立ち上がり、彼女を庇うように両手を広げた彼が見たのは、飛び立つ黒い機影と、それに追従して火器を両手に持った治安委員会の制圧用DAZEだった。


「せせせ、先輩! こっちへ!」

「う、うん!」


 彼は現在の状況に驚きつつも、彼女の手を引いて広場を後にする。治安委員会が対応している事件には、市民は関わるべきではない。


 それにあの黒い機影が向かった先は「ノア」である。そこには治安委員会の兵力が密集しており、心配せずとも事態を鎮静化してくれるはずだ。


 彼は反射的に彼女の手を握って走り出した後、冷静になろうとそんな事を考えた。




――読者の方へおねがい


 お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。


 もしよろしければ、作品ページから+☆☆☆の部分の+を押して★★★にしていただけるとありがたいです。


 では、よろしくお願いします。

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