第34話 プレゼント
ブースターの応急修理を終えてから、雨に紛れてDAZEをコンテナから出す。ブースターと火器管制は使用できないが、歩行プログラムと下半身のパーツは健在だった。
「これでよし」
二輪車用の倉庫に押し込んで、俺は一息つく。
DAZEはかなり大きく、二輪車を外に出さないと入りきらなかったが、仕方ないだろう。空を見上げるとさっきよりも雨脚が強まっているように感じた。外套越しにも叩きつけるような雨粒を感じる。
――二輪車はどうしますか?
「キーは抜いておくが……盗まれたりこの雨で壊れても、もう使う機会は無いからな」
そう、ジャンヌを連れて中央街に一度向かってしまえば、死ぬかテラフォーミングが進んで仕事が無くなるかの二択である。どちらにしても、二輪車を今後使う機会はない。元々ジャンクの寄せ集めである。用途が無いのなら、回収業者に持っていかれようとも文句はなかった。
「バイルさん。本当にもう使わないんですか?」
二輪車の起動キーを抜いたところで、ジャンヌがそんな事を聞いて来る。
「ああ、もう使わな――」
頷こうとして彼女の方を見た瞬間、ジャンヌがとても悲しげな雰囲気を纏っていた……ような気がしたので、俺は思わず言葉を切った。
「……そうだな」
俺は持っていた二輪車の起動キーを適当なコードで縛って、輪を作った。
大きさを調整して縛り、頭が通るようにする。簡単なペンダントの出来上がりである。
「ほら、掛けとけ。こいつをどうするかは事が済んだ後にお前が決めろ」
「え――」
彼女にそれを手渡して、俺は一旦街へと戻る。ウィルとの待ち合わせ予定時間には、まだまだ時間があった。
――
「あらあら二人とも、こんな時によく来たわね」
食堂のばあさんが、濡れ鼠になった俺たちを見てそんな事を言った。コンテナを改造したこの食堂は、元々薄暗かったが、今日は特に暗い。
「悪いな、こんな格好で」
俺は濡れた外套を絞り、ジャンヌは俺に習って頭から被った布を絞る。砂塵の汚れが染みついた外套は、一度や二度絞っただけでは足りないようで、茶色く濁った水がぼたぼたとまた流れ落ちていく。
ジャンヌの被っていた布はそれに加えてほつれと劣化も酷かったようで、ブチブチと音を立てながら絞った後に開くと生地が大きく裂けていた。俺は彼女にそれはもう捨てるように言って、ジャンヌはその通りにする。布を被った程度では防ぎきれなかったのか、髪の毛は湿っていて、つややかに光っていた。
「まあ、ジャンヌちゃん。こんな可愛い子だったのね」
「はい、ありがとうございます」
そこでありがとうって言っちゃえるんだな……と、思いながら、俺はカウンターに座ってありったけの酸素缶を取り出してテーブルに置く。
「ちょ、ちょっとバイルちゃん!?」
「これで食べられるだけの食事を出してくれ」
俺はそう言って、ばあさんの顔を見る。彼女は何かを言いたそうだったが、それでも言われた通りに糖質フレークを温め始めた。
「お客さんが来ると思わなかったから、あまり量は用意できないわよ」
「じゃあ在庫処分って訳だな、ははっ」
――バイル。食事ですが……
ばあさん相手に冗談を飛ばしていると、ケイが声を掛けてきた。
「……ああ、お前の想像通り、この先消耗するから食えるだけ食っておけ」
――分かりました。お気遣い感謝します。うーん、たくさん食べますよー!
小声でそう返すと、ケイは俺の中で身体を震わせた。
ケイの活動能力は、純粋に摂取した養分の量で決まる。彼女は人間ではないので食いだめができるため、大きめの寸胴鍋一杯くらいのカレーもどきと糖質フレーク程度なら余裕で食べきってしまえるのだ。
「はい、どうぞ」
ドスンとテーブルに置かれた寸胴には、なみなみとドロドロに濁った液体が入っており、その隣には更に山盛りとなっている糖質フレークが並べられていた。
――はぁー……いつ見てもおいしそうですねえ。
「ジャンヌ、食べたいだけ先に取り分けておけ」
「はい」
三人それぞれがリアクションをして、目の前の料理に二人がかぶりつく。口の中に出てきたケイは、放り込まれる料理を片っ端から咀嚼していき、その味に舌鼓を打つ。
「バイルちゃん。珍しくいっぱい食べるわね」
「ああ、これからでかい仕事だからな」
「その仕事は、私もお手伝いします」
ばあさんとの会話に、ジャンヌが割って入る。心なしか、彼女は自慢げだった。
「あらあら、だったらこれをあげようかね」
そう言ってばあさんが店の奥から持ってきたのはさっき俺が捨てさせたボロ布と同じような布だった。
「さっき破れちゃっただろう? 代わりにお使いよ」
「いいのか?」
布を受け取る彼女を横目に、ばあさんに聞いてみると「こないだ修理してくれたお礼よ」と言われた。
「結局、食べに来なかったでしょ?」
「なるほど、恩は売っておくべきだな」
――良かったですね。ジャンヌ。
「はい、ありがとうございます。大事にしますね」
ジャンヌはそう言いつつ、カレーもどきを更に頬張った。
「……様子を見るに、大丈夫そうね」
「何がだ?」
半分ほど食べたところで、ばあさんが唐突にそんな事を言った。
「マーシャちゃんの事、バイルちゃんは随分仲良かったじゃない?」
「ああ……だけど、こうなることは覚悟していたし――」
言葉を切って、ちらりとジャンヌを見る。
「ま、悲しむのは忙しいのが終わってからだな」
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