9 ビギン
第33話 DAZE
雨で濡れた外套を脱ぎ、店先で軽く絞ると、ぼたぼたと水が滴った。
「それにしてもすごい雨ですね」
「もっと酷くなるぞ、まだ降り始めだ」
ついてきたジャンヌにそう言うと、俺は武装商店の入り口――コンテナの蓋を開ける。
幸いなことにここは雨の中でも営業をしていた。いま端街を出歩く人間はほとんどいないものの、それでも店を開いていてくれたのはありがたかった。
「こんな時に珍しいな『うわ言の』」
「緊急で動く必要が出て来てな。例のアレを買い取りたい」
暇そうな店主に、俺は用件を伝える。この武装商店には目玉商品があるのだ。いや、目玉商品というよりも、高価すぎて誰が買うんだ? という商品だが。
「金はあるんだろうな?」
店主に聞かれて、俺は事務所に隠していたクレジットデータを机に置く。
端街では酸素缶が病み通貨として出回っているが、勿論中央街で流通しているクレジットも有効である。入手方法は「使い捨て」として中央街から追放されるときの持ち出しや、裏ルートで回ってくる収集以来の報酬などがある。
当然入手経路が限られるうえ、中央街との取引にも使えるため、クレジットデータは酸素缶よりもはるかに価値がある。
「中央街からの依頼で集めた分だ。これだけあれば十分だろう」
「お前……こんな金額どこから持ってきた?」
店主がデータをリーダーに通して、その金額に目を丸くする。
「元老院議員アルバート・カイゼル、それが俺の雇い主だ」
「!! ……なるほど、今までの『依頼者』か」
店主は驚いたように眉を動かしたが、取り乱す事はなかった。
彼は立ち上がり「ついてこい」と俺に言うと、店の奥へと歩いていく。
「どこへ行くんでしょうか?」
「コンテナの瓦礫で出来た偶発性の迷路。その先だ」
店主の後ろをついていきつつ、ジャンヌが小声で疑問を口にしたので、俺は簡潔に答えてやる。
中央街からの廃棄コンテナで作り上げられた端街は、基本的に雑多で複雑だ。入り組んで、三次元的に交差して、おまけに今は雨が降っている関係上足元も悪い。ものを隠して保管しておくには絶好の場所と言えるだろう。
「しかし、よく依頼者の名前を出す気になったな」
「恐らくこれで『終わり』だからな」
「どういう事だ?」
「端街の人間が全員死ぬか、この星(エルシル)が変わるかの瀬戸際って奴だ。出し惜しみしていられる状況じゃない」
もしこのまま、元老院側のELFによる「ノア」の修理が完了してしまえば、間違いなく飛び立つことになるだろう。数千数万光年離れた本星など、言ってしまえば全く愛着などないのだ。元老院の壮大な延命治療のために、死んでやる気などさらさらなかった。
「……なるほどな」
店主は溜息を吐いて、コンテナの蓋を開ける。その先には黒光りする金属製の巨大な人形が、片膝をついていた。
雨漏りのするコンテナの中で鎮座するそれを見て、 ジャンヌが人形の名前を呟く。
「DAZE(デイズ)――」
――Drive Arms of Zohar Engine
通称DAZE。大きさで言えば大体三メートルに届くか届かないか程度の大きさで、ゾハルジェネレータを利用した強化外骨格の総称だ。
「整備状況は?」
「廃棄されているだけあってあまりよくはない。フレームは無事だがブースターが不調で、火器管制マニピュレータが機能不全を起こしている。恐らく安全装置を無視してエンジンを噴かせすぎたんだろう」
店主の説明を聞きつつ、俺はDAZEの両手と背面を観察する。
確かに見た目としては無事だが、火器管制マニピュレータ――両手はモーターが焼き付いており、背面のブースターは熱変形を起こしていた。
「使えそうか?」
「ゾハルジェネレータの出力さえ問題なければな」
モーターの焼き付きはケイの浸食で何とかなるだろう。そしてブースターは熱変形をしているだけなので、可能な範囲で成形し直して、あまり使わないようにすれば大丈夫なはずだ。
整備にはそれほど時間はかからない。それこそ夜の本来待ち合わせるはずだった時間には十分間に合うだろう。
「ちょっと待て、お前、武装はどうするつもりだ?」
「そうだな……クレジットに余裕があれば買うつもりだったが、最悪鹵獲を中心に戦おうと思っていた」
俺の答えを聞いて、店主は溜息を吐いて頭を抱える。
「しょうがねえな、欲しい武装を言いやがれ」
「それは助かるが、どういう風の吹き回しだ?」
基本的に端街での経済は、クレジットと酸素缶のみだ。他に請求されるとしたら、命くらいな物だろうか。俺にはすでにクレジットはないし、酸素缶も持ち合わせがない。
「ただじゃねえよ、月末にまとめて請求する。何をするかは知らねえが、お得意さんをみすみす死なすわけにもいかねえからな」
なるほど、その分は月末の売掛金回収の時にって訳か。俺は納得すると、DAZEの積載量と火器管制マニピュレータから最適な武装をリストアップしていった。
まずは大口径のアサルトライフル、そして噴進弾頭、チャフグレネードは必要だろうか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます