第31話 想定外
「彼の仕掛けは本当に作用するのでしょうか」
主電源起動のため、最終チェックを行っている間に、私室へと通された私達は、アルバート氏に問いかけた。
「さてな……少なくとも今の状況は彼の想定通りのようだが」
彼は顎に手を当てて考え込む。夜にはバイルからELFを受け取る予定ではあるが、それでも不安はぬぐえなかった。
「そもそもELFは生体端末だ。そこに仕掛けをするとすれば、かなりの技術が必要になるはずだ。恐らくその時が来なければ正体の想像もできないだろう」
「はい……」
とはいえ全く想像できないわけではない。例えば生体認証の鍵となる情報を一部書き換えたり、ELFの成長中にこちらにとって都合のいい事を擦りこんだりといった事だ。
だが、生体情報の書き換えは安易に出来る事ではなく、強制成長中の学習内容に手を出したところで、大幅な変更を加えなければ、有意な変化は望めないだろう。
そして、その変化がもしある場合、既にオーガスや他の議員たちが違和感を見つけ出している筈だった。
「まさか、彼が私たちをだましている可能性は」
「それはないだろう」
疑心暗鬼に囚われた私の言葉を、アルバート氏は一笑に付した。
「元はと言えば、彼が行動を始めたのだ。その本人にどんな餌を撒こうと、心変わりをするわけがないだろう」
「ですが――」
本星への帰還に反対の議員を差し出す代わりに、自分が冷凍睡眠の席に座るという取引をしていたら、それは分からない。そう言おうとしたところで、私は言葉を切った。
バイルは、そう言った椅子取りゲームを壊すために私達を巻き込んだ。だとすれば、彼が先に降りることは絶対にありえないことだった。
「っ……分かりました」
「ウィリアム君も気づいたようだね。そう、彼は私達を裏切ることはない。だから、私達も彼を信じて待たなければならない。私達は試されているのだ」
言葉ではいくらでも説明することはできる。だが、彼はそれをしなかった。それは説明をしたところで、信じられない相手からの言葉には意味はなく、それと同時に私とアルバート氏が秘密を握り、寝返らないようにというセーフティだった。
「しかし、ちょっとだけ腹が立ちますね」
彼は私達に信用してもらおうとは思っていない。むしろ、私達が彼から信用を勝ち取らなければならないのだ。そう思い至ると、私はどこか馬鹿馬鹿しさにも似た感情を抱いた。
「ははは、そう言うものじゃないよ。私達がこの地位にいるのは、彼によるものだ。だから、外から見れば彼が『使い捨て』で私達が『市民』だとしても、彼との関係は『私達が下』で『彼が上』なんだ」
「はい……」
不安や懸念事項は非常に多いが、私達はそれでも前に進むしかない。私は何とか心に折り合いをつけて、深く頷いた。
――
しばらくすると、元老院の議員たちは「ノア」の機関室――メインジェネレータ前へ集められていた。主電源の起動には、会議場でも問題ないのだが、実際にその目で確認したほうが実感が湧くだろう。とのことだった。
「ようやくこの目で『ノア』が動くところを見られるのか」
元老院のメンバーの内一人が、車椅子に腰掛けたまま語る。私はその姿を冷ややかな目で一瞥してから、改めてメインジェネレータに視線を移す。
それは非常に大きな――大体直径は百数十メートルはあるだろうか、円筒形のプールに沈んだ直方体の箱で、亀裂のように幾何学的な模様が刻まれており、それらは淡く脈打つように発光していた。
「円筒構造の中を満たしているのは、冷媒兼保存液です。これによりメインジェネレータは常に冷却され、劣化から――」
「御託は良い! 早く起動させたまえ!」
ELFの一人がメインジェネレータの解説をしようとしたが、議員の一人が喚いてそれを遮る。自分の寿命が近い事を悟っているのだろう。この場にいるほとんどの人間が焦れていた。
「はい、承知しました……では、アダムが――」
「まあ待て、こういうことは年長者にやらせなさい」
オーガスがELFに指示を出そうとしたところで、カイ議員がそれを遮った。
「カイ議員……ええ、分かりました。ELFは全員がメインジェネレータと主電源の操作権限を持っています。ですから、誰が行おうとイニシアチブが乱れることはありません」
だから、お前が行おうともパワーバランスに何の影響もないぞ。私の目にはオーガスは言外にそう言っているように思えた。
「ふふ、よろしい。では始めなさいジルドレ」
「はい、マスター」
カイ議員はその言葉を鼻で笑い。ジルドレと呼ばれた長髪のELFに指示を飛ばす。ELFは全て美しい金髪と緑色の瞳を持っていて、彼らは遺伝子的に調整されているだけあって、麗しい美貌を湛えている。彼はアダムよりも幾分か年齢を重ねた容姿をしており、二〇歳前後の容姿を取っていた。
「管理者権限発動、ELF識別名『ジルドレ』よりゾハルメインジェネレータの起動を要請」
ジルドレの長くしなやかな手がメインジェネレータへかざされる。
このまま起動されることはない。そう信じていたとしても、肝が冷える。これが起動されるという事は、私達の計画が――
「おお……!」
元老院議員の一人が感嘆の声を上げた。
メインジェネレータは光を帯びうっすらと脈打っていた幾何学模様は光を強くする。その姿を、私は驚愕と共に目に焼き付けた。
まさか……
「起動完了しました。マスター」
その絶望的な言葉は、輝きを増すメインジェネレータと共に、私へ非常に重い衝撃をあたえた。
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