第30話 メインジェネレータの真実

「お答えください」


 ジャンヌはまっすぐに俺を見ている。その表情からは、どのような結果でも後悔しないという、覚悟のような物がある。俺はそう思った。


「嫌いじゃない。だが、付きあったり、そういう事は出来ないと思っている」

「何故ですか」


 ジャンヌの声が一段低いものになる。その声に感情は読み取れなかったが、何を思っているかは手に取るように分かった。


「……俺はジャンヌ、君を中央街へ送り届け、そして『ノア』の中枢から得られる莫大なエネルギーを利用して、この星を完全にテラフォーミングしようと考えている。その為には、恋だとか……そういう物は後回しにしなければならない」


 今まではっきりとは伝えてこなかった事――それを伝えて、彼女を納得させたかった。だが、彼女の答えは俺の想定と違っていた。


「なら、役目を終えた後にバイルさんの所へ戻って来ます。それなら問題ないでしょう」


 言い出すと聞かないというか、頑固というか……俺は彼女の真っ直ぐな眼に、降参するしかなかった。


「分かった。やることが終わったらな」


 俺がそう答えると、彼女は再び頭をぐりぐりと押し付けてきた。どうやらこれが愛情表現の一つらしい。


――わぁ、ようやく人間の「恋愛」が見れるんですね!

「そういう言い方をするな。これだから原生生物は……」



――



 電源ユニットの物理的な故障は、今日の早朝に修理が完了した。


 それについての話題と、ELFが約半数に行き渡った報告が、今回の元老院会議での議題だった。


「さて、皆さん。ELFは行き渡っているようですね」


「オーガス君! これでようやく『ノア』を完全起動できるのだな?」

「私の所にはまだ来ていないぞ! もっと早くならないのか!?」


 オーガスが声を上げると、周囲の元老院メンバーからは、賞賛と罵倒の半々が届いた。


「ええ、確かにまだお手元に届いていない議員の方々には申し訳ないと思っています。ですが、すぐに『ノア』の起動実験を行います。ELFの配備には時間がかかりますが、ELFの恩恵は全員が受けることができるでしょう!」


 側に控えたオーガスのELF――アダムも、彼の隣で静かに頷いた。


「ようやくか。ところでオーガス君、ELFの能力だが本当にノアを起動する程の力があるのかね?」


 老齢の議員が一人、オーガスに質問を投げる。


「ええ、勿論です。脳そのものの構造と精神は人間の物と変わりありませんが、遺伝子的にデザインされた生体キーが『ノア』の認証に必要となります」


 つまり静脈や指紋、網膜パターンなどが鍵となるという事らしかった。だが、私はその説明に疑問を抱く。


「生体情報がキーになるのは分かるのだが、先日やっていたように、特殊な言葉や波長を認識させて起動するのではないのかね?」


 私の疑問を察したように、アルバート氏は発言する。そう、先日「ノア」を起動させようとした時は、この会議場からリモート操作したはずで、それこそがELFの能力で、そちらも必須ではないのか。


「ああ、そうですね。確かにそう見えることも確かです。ですが、それは一面的な観察によって作られた間違った認識です――アダム、説明しなさい」

「はい、おじいさま」


 側に控えるELFに話を引き継いで、オーガスは席に座る。その所作は悠々としており、王者のような風格があった。


「恒星間移民船『ノア』の制御には、ゾハル・エンジニアリング・テクノロジー――通称『ZET』が使われています。こちらは精神感応するエネルギー体ゾハルを操作することにより、あらゆる事象を発生させる仕組みを応用したものとなっています。つまり――」


 アベルはその幼い表情と可愛らしい声音から想像できないほど硬く、難解な言葉を利用して話を続ける。


 現在停止している「ノア」のエネルギー源は、人の意志に反応して対応する現象を起こす物質により作られており、極論してしまえば考えるだけであらゆることが発生してしまう。


 それを技術により封じ込めて、一部の生体キーを持つ人間にしか操作できないようにしたのがメインジェネレータの正体であり、非常電源――サブジェネレータはその制限がなく、全員が「電気のような物」と信じているがゆえに通常のエネルギーとして使えている。


 ELFの説明する内容を要約すれば、このようになるだろうか。あまりにも突拍子の無い。荒唐無稽な話ではあるが、ELFという存在は墜落以前の遺物。私たちの知らないこともあるだろう。つまりは、私たちはこれを信じるしかないのだ。


「よ、よくわからんがもしそうだとしたらこれを知ってしまった私たちのせいで、中央街は大変なことになるのではないかね!?」


 その話を聞いていた議員の一人が声をあげる。


「そうだ、そんな事があり得てしまっては、我々は自分の思い込みだけで生きているのと同じではないか!」

「あり得ないことを吹聴しないでほしい!」

「オーガス議員! まさかこんな話を本気で信じているのかね!?」


 それに続いて、様々な反論が巻き起こり、議会は混沌とした様相を呈し始める。


「説明しましょう!!」


 混乱の中、オーガス議員が声を張り上げた。


「そうです。私たちにとって『あり得ない』のです。だから、この話を聞いたところで一朝一夕での実現は不可能です。もし我々がサブジェネレータからエネルギーを取り出そうとするなら、数年は訓練が必要でしょう。そのためのELFです。彼ら、彼女らはゾハルエネルギーが『そういう物』だと理解するように学習しています。だからこそ、先日のような事ができるのです」


 一気にそう話すと、反論をする人間は一人もいなかった。周囲の議員たちは静まり返り、何か自分の中の常識について、考えているようだった。

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