第28話 オーバーエンド

 葬儀自体は無味乾燥なものだ。


 ボロ布で遺体をくるんで、端街から離れた砂地に放置する。掘りかえせる土壌も無く、火葬する燃料もないここでは、風葬という方法が採られていた。


「せめて魂だけは故郷へ帰らんことを」


 葬儀を主宰する祭司がそう呟いて、終了となった。


――終わりましたね。

「ああ……」


 ケイの言葉に、静かに反応する。さすがに空気が読めないこいつでも、葬儀の時くらいは静かにする分別はあるようだった。


「参加している人は、みんな悲しそうでしたね」

「そりゃあ人が死んでるからな」


 ジャンヌはずっと無表情だった。まあそもそも表情を表に出さない奴だったが、今は余計に感情を表に出さないようにしているようだった。


「……少し、色々な人に話を聞いてみたいです」

「行ってもいいが、あまり踏み込んだ話はするなよ。マーシャおばさんが死んでどう思ったかとか、そういうの」

「はい」


 ジャンヌに単独行動させるのは危ないと思ったが、彼女が人間を知りたいと考えているのは分かっていたので、止めることはしなかった。今ダメだと言って、夜中に飛びだされても困る。


 それにしても、やはり昨日あたりからジャンヌの様子がおかしい。人の死を初めて目の当たりにしたという事もあるだろうが、何か自分がわからない物を知ろうとしているような、そんな雰囲気があった。


 彼女が帰ってきたら、少し話し合ってもいいかもしれない。依頼者に引き渡すにしても、彼女が万全な状態で渡さなければ、計画が頓挫してしまうこともありうる。


――バイル。地平線の近くに黒い雲が見えます。

「何だと――」


 考え込んでいると、唐突にケイの言葉が響いた。俺はその声の通りに辺りを見回す。すると、確かにはるか遠くに黒い雲が見えた。


「皆! 雨が来るぞっ!」


 俺は大声で、周囲の人々に雨の到来を告げる。年に一度、あるかどうかの雨である。


「なんじゃと!?」

「見て! あの真っ暗な雲!」

「はよ帰るぞ! うかうかしておれん!!」


 周囲の人々は、気持ちを切り替えたように声を上げ、急いで乗り合いの四輪車に乗り込む。俺も自分の二輪車を確認した後に、ジャンヌを呼んで端街まで帰ることにする。


「ジャンヌ! 帰るぞ」

「――はい、バイルさん」


 彼女はそれほど離れていない場所にいた。彼女は俺に気付くと、小走りで駆けてくる。さっきまで話していたのは――ザルガじいさんか、彼はマーシャおばさんともそれなりに付き合いがあった。きっと有益な話も聞けているだろう。


「この星でも雨は降るんですね」


 砂に足を取られつつ、二輪車に乗り込んだところでジャンヌがそんな事を聞いてきた。


 この百年で、テラフォーミングは多少なりとも進んでいるということなのだろう。俺が聞くかぎり、雨が降り出したのは三〇年ほど前かららしい。その度に頻度は上がっており、最近は一年に一回程度のペースで雨が降るようになっていた。


「ああ、一概に恵みの雨とは言い切れないがな」

――去年は酷かったですもんね。バケツで事務所から水を掻きだしたり……

「……そうですか」


 ジャンヌはそれだけ言って、黙ってしまう。なんだ? 前にもまして様子がおかしいような……ザルガじいさんに変な事でも吹き込まれたか?


 俺は彼女の様子を気にかけつつも、迫りくる雨雲から逃げるように二輪車を起動した。



――



――そりゃあお前さん。バイルに惚れおったな! ガハハハハッ!


 ザルガさんにこの胸に渦巻く不調を聞くと、そんな言葉が帰ってきた。


 惚れるとは、異性に対して恋愛感情を抱くことで、父母や子供に対する愛情や、友情とはまた違ったものである。それは高速学習中に知っていた。


 だが、知っているのと体験するのでは、大きく違う。私はこの「恋慕」という感情を、どうにも処理できずにいた。


 二輪車のタンデムからこっそりとバイルさんの顔を伺う。


 私とは違い、浅黒く焼けた肌や、荒んで鋭くなった眼光、そして衣服の上からは見えないたくさんの傷。それらを思い返すほどに、心に火が灯ったように感じる。


 私の無機質で鈍色をした心に、その火は暖かくて明るい光を照らしてくれる。そのお陰で、私は人間というものを本当の意味で少し理解できたような気がした。


 彼と別れたくない。ずっと一緒に居たい。そう思うほどにこの火は大きく強くなり、それと同時に苦しくなる。彼も同じ気持ちでいてくれるのだろうか。そればかりが心配になる。


 同じ気持ちで居てくれたら、とてもうれしい。私はそう考えたところで、我に返る。


――ELFの行動原理は、人類の幸福を希求する事。


 自分の幸せを求めてよいのか、それを求めることはELFとしての存在意義を歪めることになるのではないか。私は何か……自身の存在意義を失うようなことを考えているのではないか。


 そう考えた時不意に視界が滲んだ。触れてみるとそれは涙だった。恋慕という感情に支配されると、ふいに溢れることがあるという。私はその涙を袖で拭い、じっと進行方向にあるコンテナの山――端街を見る。


 そこでは多くの人が暮らしている。だけど、若い人は居ない。だから中央街から捨てられた人しかいないし、終わるだけの街だ。


 でも……もしそこで新しい何かが生まれるとすれば、終わりの向こう側に何かがあるとすれば、それはきっと人類の希望になる。私はそう考えて、ボロ布を被りなおした。




――読者の方へお願い


 お読みいただきありがとうございます。クリスマスイブということで二回更新しました。

 二回更新したということは、二回更新できたということです。

 ……はい。予定が無いということですね。なんとも悲しいので★とブックマークをいただけるととてもうれしいです。

 では、ここから徐々に話が動いていきますので、ぜひよろしくお願いいたします。

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