第24話 ロールプレイング

「やあ、おばさん」

「あらバイルちゃん。昨日来ると思っていたのに」

「仕事が無いからな、そういうときは酸素缶も消費は少ないさ」


 酸素缶の配給所でそんな話をする。


「おはようございます。マーシャさん」

「ええおはようジャンヌちゃん。本当にバイルちゃんの所で居候しているみたいね」


 どうやらジャンヌは、この間酸素缶を受け取りに行った時に彼女と顔を合わせていたらしい。マーシャおばさんは彼女を自分の孫に向けるような視線で見ていた。


「ちゃんとお世話しなさいよ、近所の人にも手伝ってもらって――」

「あー……いや、俺は仕事でちょっと預かってるだけだ。来週ごろにはもう居なくなってるよ」


 おばさんのお節介が始まりそうな気配がして、俺は慌てて話を切り上げようとする。


「そうは言ってもね、このくらいの小さい子は――けほっ、ごほっ」

「おい、大丈夫か?」


 突然咳き込んだおばさんに、俺は手を伸ばす。


 しかし彼女は「大丈夫」というジェスチャーを行って、酸素缶を吸入する。


「ふぅ……大丈夫よ、いつものだわ」


 マーシャおばさんは気管支が弱い。


 それは端街に来てからという訳ではなく、生まれつきそうだったらしく、本人は気にすることは無いと言っていた。


 だが、砂塵が舞い、乾ききったこの端街の気候は、間違いなく彼女にとっていい環境とは言えない。実際に俺が見ている限り、彼女は年を経るごとに咳き込む頻度が増していた。


「無理はするなよ、この配給の仕事だって、別の人がやってもいいんだろ?」

「ええ、でも何かをしていないと気分が滅入るもの……さあ、列の邪魔よ。またねバイルちゃんにジャンヌちゃん」


 そう言って、マーシャおばさんは俺たちに手を振った。


――追い返されちゃいましたね。

「ああ、一度言い出すと聞かないからな」


 話しかけてきたケイに、小さく答える。


 彼女が頑固だというのはよく知っているが、それに加えて俺の中では仕方ないという気持ちもあった。


 端街に追い出された人間は、中央街から捨てられた存在であり、存在意義を失ったところから始まる。そんな中で得た自分の役割を自分から手放すということは、精神的な自殺とも言える事だった。


 端街という方も秩序もない場所で、役割の無い人間はただ死を待つだけとなる。それは死よりも恐ろしく、孤独を感じるものだ。


「あの、彼女はバイルさんの何なんでしょうか」


 今度はジャンヌが俺の袖を引っ張る。


「ん、まあ親みたいなもんだ。色々教えて貰ったりしている」

「そうですか……」


 俺が答えるとジャンヌは小さく頷いた。


「では、私とバイルさんのような関係ということですね」

「……いや、それはどうだろう」


 ジャンヌの見た目はせいぜい十六歳、確かに俺と比べると随分歳は離れているが、それでも親子ほど年齢が離れているとは思えなかった。


「俺とジャンヌは年の離れた兄妹――くらいに収めてくれるとありがたいが」

「なるほど、ではバイルさんは私の兄ということですね」

「……」


 そう言われて、俺は何も言いかえせなかった。なぜここまで俺に依存しようとするのか、どうせ数日後には居なくなるのだ。情が移ったところでお互い辛いだけだというのに。


「あのな、ジャンヌ。俺はお前を依頼者の元へ送り届けるだけの存在だ。だから親だの兄だの言うのは、依頼者に会って、そこから――」

――でも、ジャンヌさんとこういう話をしている時、バイルは嬉しそうにしていますよね?


 仕事と割り切って話そうとした時、ケイが完全に話の腰を折ってきた。


「では、このままでいいじゃないですか、私達ELFは人類の幸福が願いです」

「……そうだな」


 ケイに自分の手の内をばらされては、もうダメだった。俺はジャンヌの髪を優しく撫でて、彼女は嬉しそうに首を傾ける。まあたしかに、こんなやり取りをしていたら家族のように見られても仕方ないか。



――



 その後しばらくは平穏とも言い切れないが、穏やかな日々が続いた。


 ザルガじいさんの依頼で配管のメンテナンスをしたり、同業者を募って原生生物の狩りをしたり、他にもいろいろと細かい修理や整備の仕事をして回っている。


「バイルさん、この鋼材はどうでしょう」

「ちょっと見せてくれ――うん、いいな。珍しく曲がっていないし、経年劣化もそれほどしていない」


 今日は依頼も無く、丁度時間が空いたのでジャンクヤードで二輪車の補修部品を漁っていた。先日のプロトアビスを運んだ時に歪んだフレームを直さなければ、ジャンクの寄せ集めで作ったこの二輪車は、いつバラバラになってもおかしくないのだ。


――結構材料が集まりましたね。


 ジャンクヤードにある「ノア」の外装のうち一部、丁度地面に突き立って日陰となっているそこは、廃品回収者や、整備士たちにとって、ちょっとした作業場になっている。俺たちは、そこに二輪車と拾ってきたパーツを並べていた。


「ああ……まあフレームになりそうなものなんて、俺以外には鉄くずみたいなもんだしな」


 ここまで集めれば、直すのはそれほど苦労しないだろう。


 そういう訳で、俺は工具を片手に二輪車を分解して、湾曲したパーツをまともな別の物に入れ替えていく。所々ナットが完全にズレていて、金属カッターを使わざるを得ない箇所がいくつかあったりもしたが、おおむね順調にメンテナンスを終えることができた。


「よし、まあこんなもんか」

「これで動くようになったんですね」

――元々動いてましたけどね!


 そんな事を三人で話しつつ、廃材を鉄くず置き場に投げ入れて、俺たちは帰ることにする。


「あれ、バイルじゃねえか、良いのかこんな所に居て」


 そう声を掛けてきたのは、廃品回収をしているじいさんの一人だった。何度か会話したこともあり、顔見知りである。


「どういう事だ?」


 俺が聞き返すと、老人は少し驚いたような顔をして、言葉を続ける。


「マーシャさんが倒れたの、知らねえのか? まあ俺もさっき端街との無線で聞いたばっかだが」



――読者の方へおねがい


 お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。


 もしよろしければ、作品ページから+☆☆☆の部分の+を押して★★★にしていただけるとありがたいです。


 では、よろしくお願いします。

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