第22話 ボディーガード
バイルに一方的に通信を切られたことを報告すると、アルバート氏は「市民はそんな事を考える必要はない、ということだろう」と答えて笑っていた。使い捨てはそんな事を考える必要はない。そう突き放してきたことへの意趣返しのつもりなのか……
だが、あの限られた時間で監視とハッキングの目をかいくぐって連絡したというのに、成果はアルバート氏の意見を補強するだけだった。それは私にとって、不愉快極まりないものだ。
「……」
周囲に気取られないよう溜息を吐く。今は元老院の会合中だ。余計なことは後で考えよう。
「電源ユニットの補修は急ピッチで進めていますが、あと数日は掛かるものかと」
「何だと!」
「電源程度何とかならないのか!?」
「整備士たちの勤務態度に問題があるんじゃないかね!?」
元整備士長であるアルバート氏がそう報告すると、元老院のメンバーの何人かが怒声を上げる。叫んだところでどうにかなるわけでもないだろうに、それに――
「普段からしっかりと整備をしておけばこういう事にもならなかっただろう!?」
「しかし、確認したところ電源関係のチェックは後回しにされていたようですが」
「何を抜かすか! 必要なチェックは――うぐっ……」
怒りの頂点に達したせいで、心臓に負担がかかったのだろう、最も勢いよく喚き散らしていたメンバーが、胸の辺りを抑えて席に座る。すると側で控えていた秘書が水と共に錠剤を渡し、彼は喉を鳴らしてその錠剤を流し込んだ。
元老院のメンバーは、一〇〇歳を超えている人間も少なくない。そんな彼らが、感情を高ぶらせればどうなるかは自明だった。
「まあ、まあ、落ち着きましょう」
そこで仲裁に入ったのは、オーガスだった。彼は昨日まで引き連れていた秘書ではなく、ELFの少年――アダムだけを連れていた。
「ところで、待つ間にELFを量産し、我々全員が持っていた方がいいと思うのですが、どうですかな?」
一体何を企んでいる? 私の一番最初に感じた疑問はそれだった。
「元々ノアには複数人のELFがいたはずです。それに、私一人だけが持っていては様々な禍根を残すでしょう。お互いに抑止力を持つためにも、議員全員分のELFが必要だと提案させていただきます」
そもそもこの提案はオーガス以外の議員から出ることを想定しつつ、そうでない場合はアルバート氏が提案するつもりで考えていた事だ。
表面的にはオーガスの「抜け駆け」を阻止するため、裏向きにはバイルの持つ「トラップを仕掛けられていない」ELFを受け取るため、普通は議会におけるアドバンテージを死守するために、オーガスが反対に回るものだと思っていたが……
「いや、少し待ちたまえ」
想定外の提案に困惑していると、一人の老人が発言する。
「ELFは一人作るだけで丸一日かかったのだ。このメンバー全員分のELFを作るとなると、それなりの時間がかかるのではないかね?」
発言したのはカイ・キリヤという名前の現在最高齢の元老院議員だった。彼は禿げあがった頭に豊かな髭を蓄えた老人で、普段はそう多く発言しないので気にも留めていなかった存在だ。
「ああ、それなのですが、最初の一体を作る時に手間取っていたのは、再起動とシステムチェックのためで、それ以降はかなり高速化されるようです。なのでそれほど問題にはならないかと」
その言葉を聞いた議員たちは口々に安堵の声を漏らす。期せずして私とアルバート氏の希望通りの展開になったわけだが、それの旗振り役がオーガスというのだけが不可解だった。
――
「アルバート君、少し待ちたまえ」
会議を終え、老人たちが自室へ戻っていく中、アルバート氏が呼び止められた。
「いかがしましたかな。カイ議員」
アルバート氏に続いて振り返るとそこにはカイ議員が居た。彼は自分の髭をさすりながら、側に控えた屈強な体つきの男に周囲を威圧させている。
「今日のオーガス君が提案したELFを全員が持つという提案について、君の意見を聞いておきたい」
「意見と言いますと……?」
「自分からアドバンテージを手放すのはどう考えても普通じゃない。さらに言えば、先日の生命倫理委員会による倫理規定の改定。間違いなく今起きていることはまともな事じゃないと言えるはずだ。裏で何が起きていると見る?」
「……」
アルバート氏は少し考えこむような姿を見せ、口をつぐむ。私は彼の姿を見つつ、相手側の秘書――大柄で筋肉質な男の姿を観察する。
たしか、カイ議員の曾孫だったか、彼らの家系は、代々肉体的に強靭で、自動小銃やドローンなどが全盛となっている現在においても、徒手空拳での戦いの鍛錬を怠っていないらしい。
「私には測りかねますね。未だに私は八年目、勉強する事ばかりでそのあたりは考えの及ばないことです」
しばらく黙っていたアルバート氏がそう答える。表面的には「何もわからない」という答えではあったが、その実「貴方の陣営に与するつもりは無い」という意思表示であった。
「そうか――では、秘書の君は?」
「私は意見を言う許可をいただいておりません」
主君に忠誠を誓う臣下のように、私はアルバート氏の行動に右倣えをする。
カイ議員は自身の旗を見せていない。
大多数――いや、ほぼ全員が所属する、冷凍睡眠装置を使って本星を目指す派閥。
若い議員を中心にほんの数人だけいる、この星で生きて行こうとする派閥。
元老院の中で大勢が決した状態でも、どちらの方向へも振れていない議員は彼とアルバート氏しかいなかった。
「なるほどなるほど、君達はなかなか面白い。まあなんにせよ、我々も早くELFを手に入れなければな」
「はい全くそうですね」
カイ議員はアルバート氏の肩を叩き、会釈をして踵を返す。私とアルバート氏も彼に頭を下げると、彼等とは別の方向――私室へと足を進めた。
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