6 ボンド

第21話 父代わり

『何をした』

「電話口の第一声がそれとは、随分だな」


 夜、様々な文化交流をしているケイとジャンヌをよそに、俺は中央街からの連絡を受けていた。


『端街にいる状況から「ノア」に細工ができるとは思えない。どんな仕掛けだ?』


 なるほど、俺の想定通り元老院はELFを手に入れたらしいな。とりあえずは無能過ぎず有能過ぎず。まだ俺が仕掛けた「トラップ」はバレていないようだ。


「なんでもねえよ。すぐに動かせないから『ノア』の起動シーケンスは整備の対象に入っていなかった。自分の仕事以上にチェックを行う整備士なんてそう多くはない。そういう訳だ」


 実際、俺が端街に来てから整備不良が見つかる可能性はゼロではなかった。だが俺のように余計な部分までチェックしてハズレを引きたくない気持ちもあるのだろう。幸いなことにそういう勤勉で馬鹿正直な整備士は居なかったらしい。


「で、わざわざそれだけを聞きに来たわけじゃないだろ? ジャンヌ――ELFの受け渡し日時でも決まったか?」

『いや、それはまだだ。一週間程度だと思うが、ELFがメンバー全員にいきわたるまでだな』


 なるほど、木を隠すなら森の中、ある程度数が増えたところで、引き渡すということか。


『それで……生命倫理委員会が規範の改定をした』

「へぇ」


 ウィルが話の本題に入ったようで、俺は椅子に座りなおした。


 生命倫理委員会は、元老院の下部組織であり、医療や生殖等の規定を決定する機関だ。墜落時点から、臓器移植やドナーなどの大幅な緩和があり、ほぼ形骸化したはずだが、更に踏み込んだ形にするのだろうか。


『具体的には拒絶反応を抑える薬剤のうち、強力なものを制限する物と脳移植に関係する物が中心となっている。これについての意見はどうだ?』

「いくら整備士でも、人体は対象外だな」

『バイル』


 すこしおどけて見せるが、どうやらユーモアには付き合ってくれないらしい。仕方なく俺はいくつか考えを巡らせる。


「まあ少なくとも、ろくでもない計画だろうなというのは確かだろう。元老院の連中を脳移植で延命するとかな」


 ただ、その大手術をあのおいぼれたちの体力で越えられるかどうかはいささか疑問が残る。それに、冷凍睡眠で本星に帰る事ができれば、あっちで安全に延命治療を受けることができるのだ。今ここで無理をする理由はない筈だった。


『……依頼者も同じ考えだ』

「そうかい。だったらあとはそいつと話してくれ――切るぞ」

『おい! 待て! お前がELFに仕掛けた罠は――』


 用事が済んだようなので、俺は受話器を置く。


――例えばなんですけど、山のように大きい原生生物もいるんですよ!

「そうですか、地球上で最も巨大な生物は観測できた個体としては八九〇三平方キロメートルに広がった菌類ですが……」

――き、菌類はズルいじゃないですか!?


 部屋の隅では、二人が楽しげに会話を続けていた。


「お前ら、楽しそうだな」

――あ、バイル。お話は終わりましたか?

「はい、この星の生物相は面白いです」


 ケイは珍しく女性の姿を取っていたが、俺が話を終えたのに気が付くと、可塑性の姿に戻って俺の方に身体を戻した。


「さて、そろそろ俺は寝る時間だが……?」


 ケイに続いて、ジャンヌもこちらへ歩いて来る。


「……」

「どうした?」


 こちらへ頭を突き出して、彼女はじっとしている。一体どういうことなのか。


「……」

――バイル、撫でてあげてください。


 え、なんで?


 そう思いつつも、俺はジャンヌの頭を撫でてやる。


「はい、ありがとうございます」


 どうやらジャンヌは満足したようで、鼻をふんと鳴らして頷いた。頭を撫でるって、こういう奴だったっけ?


 少し疑問に思っていると、ジャンヌはどこか上機嫌な足取りでベッドまで歩いてちょこんと座った。


「バイルさん。おやすみなさい。明日はいつ頃起こしましょうか?」

「あ、えーっと、じゃあ、昼前までに起きなかったら起こしてくれ」


 サポートAIみたいなことを言い出したジャンヌに困惑しつつも、俺は身体を横にする。


「じゃあ、お休み」

「はい、また明日お会いしましょう。バイルさん」


 どこか落ち着かない雰囲気の中、俺はゆっくりと目を閉じる。


――ジャンヌはバイルに褒めて欲しいんですよ。


 眠りに落ちる前、ケイが俺にこっそりと呟く。どうやら無線機はオフになっているようで、ジャンヌはこの言葉に反応していなかった。


「……どういう事だよ、あいつはELF、見た目は子供でも中身は大体五〇年勉強漬けだった奴だろ?」


 ジャンヌに聞こえない程度に調整して、ケイに言葉を返す。五〇歳越えのばあさんが「頭撫でてー」とか言ってきたら困るどころの話じゃない。


――五〇年分の知識を詰め込まれた子供ですよ。ジャンヌは。

「つまり?」

――勉強ばっかりで人間的にはぜんぜん成長してないって事です。


 あっけらかんと端的に答えるケイに、俺は思わず鼻を鳴らしてしまった。


「どうかしましたか?」

「いや、ただのくしゃみだ」


 ここぞとばかりにジャンヌが駆け付けようとしてきたので、俺はごまかした。


――まあ、だから普通のお父さんと子供みたいな関係に憧れてるんですよ。付き合ってあげてください。

「……考えておく」


 それだけ答えて、俺は再び眠るために姿勢を直す。


 俺が父親ぶったところで、あと数日もすれば彼女は中央街へ連れていかれる。いや、俺が連れていく。


 あと少ししか一緒に居ない俺よりも、中央街の依頼者を父代わりにしたほうが良いだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る