第20話 あなたに差し上げます。

――貴方は何ですか?


 ぼんやりとした意識の中、そんな声が聞こえた。


 身体の感触は消失しており、自分がどこにいるのか、立っているのか、座っているのかすら分からない。だが、声が聞こえる。そして声も出せるらしかった。


「誰……だ……」

――だれ? 「誰」という名前なのですか?


 なんだろう、この声は、人間の言葉を話しているのに、人間と会話しているような気がしない。この返答も、からかっている訳ではないように言葉のトーンから感じる。


 徐々に意識が覚醒し始める。それと同時に感覚の消失していた身体は、焼けつくような痛みと痺れで麻痺していただけなのだと分かった。


――あの「誰」さん。私に貴方の身体をくれませんか? 私、あなたたちがとても気になってて、よく知りたいんです。

「駄目だ……やめろ……」


 俺の名前が「誰」になってしまったことをどこか滑稽に思いつつ、自分の身体から、再び痛みと痺れが消えていく。


――そうですか……じゃあその代わりに「貴方に私をあげますね」


 謎の声がそう言った瞬間、俺の身体の感覚と視界が急速に戻り始める。視界に映るのは真っ青な空。慌てて身体を起こすと、先程までの記憶が急速にフラッシュバックする。


「っ!?」


 身体をまさぐるが、傷一つついていない。服はボロボロに破けているが、身体は本当に無傷そのものだった。


――どうでしょうか。多分こうだろうなって思いつつ、身体を直しておいたのですが。

「うわああぁっ!?」


 俺は思わず声をあげていた。なんせ頭の中で唐突に声がするのだ。驚かないわけがないだろう。


――どうしましたか「誰」さん。これからはずっと一緒ですので、早く慣れてくださいね。

「あ、え……もしかして、さっきの言葉って……」


 夢とも現実ともつかない中、交わした会話をはおぼろげだった。


――はい、よろしくお願いしますね。


 それでも頭に響く声は明朗にその事実を肯定する。どうやら、俺はこの奇妙な存在に命を救われたらしい。


――挨拶は後にしましょう。こちらへ向かってくる反応があります。ドローンでしょうか。迎撃しましょう。

「いや、にげないと!」


 感謝の言葉を口にしようとしたが、俺は慌てて周囲を見渡す。すると俺が向かおうとしていた外部コアユニットの方向から、ドローンが数機飛んでくるのが見えた。今はほぼ完全に丸腰である。墜落前の防衛機構に対抗できる筈がなかった。


――いえ、お任せください。


 だが、俺の脳内から聞こえる声は、何でもないようにそう答えると、身体の内側から染みだしてきた。


「なっ――!!」


 身体の皮膚から黒い可塑性の粘液が溢れ、それが俺の体を覆う。パワードスーツのように身体全体を覆うと、俺自身の意識とは無関係に、動物的な挙動で走り始める。


「なんだよこれ!?」

――私の身体ですよ。これからよろしくお願いしますね。


 脳内で響く場違いなほどに温和な声に、俺は混乱をさらに強くする。



――



「……」


 意識が戻ってくると同時に、朝方と比べて上昇した気温にうんざりする。


「ケイ……水」

――分かりました。


 ブラインドの隙間から差し込む光の色的に、昼過ぎから夕方近くだろうか、まあ午前中を休憩に使ったと思えば、悪くない時間の使い方だな。


 可塑性の粘液が戸棚の奥へと伸びていき水の入ったボトルを掴んでずるずると戻ってくる。俺はボトルを受け取ると、ふたを開けて中身を喉に流し込んだ。


「ちっ、水も無くなっちまったか」


 酸素缶と水は、中央街からの配給に頼っている。糖質フレークに関しては、中央街で流通している通貨を使って裏ルートで仕入れるのが一般的だ。


――受け取りに行きましょうか。

「ああ、ジャンヌもいる。いつもよりは多めに貰えるだろう」


 そこまで言って、当の彼女が見当たらないことに気付く。


「おい、ジャンヌは――」

「ケイ、戻りました」


 まさか中央街の正規部隊かトラブルかと思って一気に飛び起きたところで、無感情な声が出入口の方から聞こえてきた。


「……ずいぶん遅かったな」

「バイルさんが起きる気配がなかったので、こちらの配給を受け取って来ました」


 そう言って、ジャンヌは手に持っている酸素缶の束を俺に見せる。


――すいません。何か手伝いをしたいといわれたので。

「はぁ……いや、無事ならそれでいい」


 ここで叱ったところでどうにもならない。そもそもあと数日の付き合いしかない相手に何かを言ったところで禍根や軋轢になるだけだろう。今はとりあえず、無事だった事と役に立とうという意識を褒めることとしよう。


「助かった」


 酸素缶を手に、俺の近くまで歩いてきたジャンヌの頭を撫でてやる。まあ感情の乏しいエルフ相手だ。碌な感情も帰ってこないだろうが――


「っ……あ、ありがとう、ございます」


 ……ん?


 ジャンヌの表情が珍しく緩んだような気がしたが、それは陰影の作る錯覚だったのかもしれない。


――良かったですね、ジャンヌ。

「はい。お喜びいただき幸いです」


 ケイとジャンヌはそう言い合うと、何かしらの意思疎通をした。


「ああ、そうだ。ケイ、お前が夢に出てきたぞ」

――え、気になりますねそれ、何か言ってましたか?


「ああ、それで、一応教えとこうと思ってな。俺の名前はバイルであって『誰』じゃないぞ」


――っ!!! もうその話はいいじゃないですか!

「……? バイルさん。それはどういう――」


 ジャンヌがきょとんとしていたので、俺が理由を教えてやるついでに夢の内容も教えてやることにした。


――もうっ! あの時は本当に恥ずかしかったんですからね!


 俺はケイの言葉に表情を緩めると、酸素缶のストックを戸棚にしまった。


――読者の方へおねがい


 お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。


 もしよろしければ、作品ページから+☆☆☆の部分の+を押して★★★にしていただけるとありがたいです。


 では、よろしくお願いします。

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