第19話 バイルの夢

 第三の月が中天を指す。それが真夜中を表すというのは、人類がこの星に堕ちてからの百年間、その間行なわれ続けた観測に基づく事実である。


 本星――地球にある「第一の月」。そしてこの星最大の衛星「第二の月」。そして自転周期と同じ公転周期を持つ「第三の月」。俺達人類は、三つの月を知っている。第一の月は直接見たことはないが、映像記録で見る限り、第二の月とそう変わらないように思えた。


『作戦開始時間になりました』


 通信機からアシストAIによる無機質な合成音声が耳に届いて、俺は行動を開始する。墜落した宇宙船の外部コアユニットからデータの回収をするのが目的だ。


 砂塵渦巻くごつごつした岩肌を走ると、夜の闇と砂埃に紛れて、うっすらと煌めく構造体が暗視ゴーグル越しに見え始める。


『今回掘り当てた物によっては、私たちの目的は大きく前進する事でしょう』

――ぬかしやがる。


 俺は心の中で悪態をついて、砂場に埋まりかけている足を動かした。


 元老院たちの考えを改めさせるのに重要な物は、掘り当てた物の内容ではなく、中央街にいる奴らの活躍が不可欠だ。なぜなら、中央街は端街を含めた外の世界をゴミ捨て場としか認識していないからだ。


 墜落後のシステムは、船体の修復に多くのリソースを割かれ、テラフォーミングは進まず、人口の全てを養うことが出来なくなっていた。


 そこで、大気組成が人類の活動下限まで調整できた時点で、五〇を越えた人間と、一部の人間は中央街から追放するという取り決めが為された。


 経済活動を行い、人間らしい暮らしをする「市民」と、その椅子取りゲームに負けた「使い捨て」。この星では大まかにこれら二つの人間に分けられている。


 それでも切り捨てられた人間が処分されるわけではなく、見捨てられるようになったのは、まだ良くなっていると言えるのかもしれない。


 目的地の光が強くなる。防衛システムが稼働し始めたようだ。


『敵影接近、突破を推奨』

――簡単に言うなよ。


 耳に響く声に苛立つ、ここに堕ちてから作られたエネルギー源は第三の月の影響を受けないので、この声が聞こえなくなることは絶対に無かった。


 敵は無人兵器だ。既にゴーグル越しには数機の大型ドローンが見えている。生身で突破しろなど狂気の沙汰だ。


 それでも俺は、足元の砂を蹴って突貫する。


 一発でも食らえばアウト、致命傷は避けられるよう防弾プロテクターは付けているが、装備が古く、中央街から捨てられたものだ。どこまで信頼できるか分かったものではない。


 両目を見開き、機銃の掃射に警戒して、なるべく岩場の遮蔽を利用して不規則に動く。発射されれば確実に死が待っている関係上、相手に引き金を引かせるわけにいかないし、同じ方向に走り続けるわけにもいかない。


「っ……はっ、はっ」


 心臓が跳ね、肺が圧迫されたように苦しく、喉が引きつるような痛みを訴える。酸素吸入のためのマスクは道中で壊れてしまった。俺は歯を食いしばって防衛ドローンから逃げるように、大きく回り込んで目標へと走っていく。拳銃は懐にあるが、こんな豆鉄砲をドローンに打ち込んだところで何の意味があるのか。


『機銃掃射開始、警戒してください』

――もう警戒してるんだよ!


 叫びたかったが、それをする余裕はなかった。


 弾丸の牙が砂礫を巻き上げる箇所は徐々に近づいていたし、恐らくドローンの照準システムも光学的な物から熱源感知式に切り替わった事だろう。


 俺は大きめの岩陰に隠れると、懐から取り出したチャフグレネードを進行方向に投げる。できればドローンを完全に破壊するEMPが欲しかったが、端街ではそんな上等なものは手に入らないし、手に入ったところで回収目的のデータを保護する為にも、EMPの使用は恐らく選択しないだろう。


 安全ピンを抜かれたチャフグレネードは、地面にぶつかり、跳ねると同時に強烈な閃光と金属片をまき散らす。


 それらは光学的、熱源感知、通常レーダーに対して強力な欺瞞を行い、ドローンを無力化させる。


 ゴーグルの調光が終わるよりも早く、俺はゴーグルを持ち上げて走り出す。センサーの欺瞞は暗視ゴーグルも無力化する。復帰を待っていては、ドローン側の回復も進んでしまうのだ。


 暗闇とチャフの閃光でチカチカする視界に顔をしかめつつ、記憶していた目的地まで地面を踏みしめる脚の感覚と、わずかな視界を頼りに走る。この場所さえ突破してしまえば、あとは内部のデータを回収し、防衛機構の管理権限を奪うだけだ。


『ザザッ……フの効果が――……』


――死にたくない!

「ぐっ、がっ……はぁ、はぁっ!」


 その一心で目的地方向へ続く岩陰に飛び込む。何とか受け身を取って呼吸を整える。そこまで長い距離を走ったわけではないのに、息が上がっている。酸素吸入用のマスクが壊れてしまったことが恨めしい。


『後方から熱源反応』


 その言葉を聞いた瞬間、俺は岩陰から顔を出した。そうしたところで何もできないというのに。


 アドレナリンの過剰分泌でスローになった視界でそれを自覚すると、火を噴いている小型の噴進弾頭――ロケット弾がこちらめがけて飛んできているのが見えた。


 回避は不可能、そもそも弾頭の角度からして、岩に着弾させて確実に命を奪うための意図が為されており、俺の死は確定していた。


 死の瞬間までの〇.数秒、何かを思うには短すぎた。噴進弾頭が足元で爆発し、熱さや痛みを感じるよりも早く、俺の意識は消失した。

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