第18話 眠気

 重い。


 大型原生生物――プロトアビスはやはり非常に重かった。なんとか日付が変わる前に端街まで二輪車を運転してきた俺たちだったが、街のはずれで状態を確認すると、獲物の方はしっかりと荷造りしたのでまだ大丈夫そうだったが、二輪車の方はフレームの一部がたわんでいた。


――二輪車の方は修理が必要そうですかね?

「まあ一応は動く、時間が出来たときに補修する程度で大丈夫だろう」


 むしろ問題は、ケイのアシストなしでプロトアビスをどう運ぶかである。夜が明けるのを待って人を呼んでも良いのだが、保存処理をしていない肉がどれだけ劣化するかは考えたくなかった。


「……仕方ない。俺たちだけで捌くか」


 俺はそう呟いて、あるコンテナまで二輪車を押していく。


 端街の入り口には、原生生物を加工するための施設がある。内部は血の臭いがこびりついており、あまり寄りつきたくはないのだが、大型の原生生物を持ち運べるサイズまで切り分けるにはここを使うしかなさそうだった。


「ジャンヌ。これからちょっと血なまぐさい事になるから、無理についてくる必要は無いぞ」

「いえ、お手伝いします。必要な作業を指示してください」


 彼女は表情を変えないまま手伝いを申し出てくれる。まあ実際のところ、ケイのアシストがあるとはいえ一人で解体するのは骨が折れるので、ありがたく彼女には手伝ってもらうことにする。


「じゃあ遠慮無くお願いするが、後悔はするなよ」

「はい、動物の解体は高速学習中に履修したので、問題ありません」



――



「あらあら、こんな大きなお肉もらっちゃって良いのかしら?」

「ああ、昨日の狩りでプロトアビスと遭遇して、そいつを狩ったんだ」

「まあプロトアビス! バイルちゃんよく無事で居られたわね」


 夜明け前、仕込みをしていた料理屋のばあさんにそう伝えつつ、大量の肉を袋ごと手渡す。彼女は嬉しそうにその大量の肉を受け取ると、下処理用の食材棚にそれを押し込んだ。


 結局、解体作業は夜明けまでかかってしまい。俺はもう既にヘトヘトだった。睡眠の必要が無いらしいジャンヌは相変わらず無表情だし、プロトアビスの羽毛やら食用に適さない部分を食べたケイは元気そうだった。


「プロトアビスの解体は大変でしたね」

「感情がこもって無い声で言われると、嫌味に聞こえるんだよな」

「……?」


 ジャンヌに恨めしい視線を送ってみるが、彼女は首をかしげるだけだった。


「こんなにもらっちゃって、今日はただで食べていって良いわよ」

「ああ、助かる。でも今日はやめておくかな、寝不足でさっきから頭痛がガンガンしやがる」


 解体作業中にも、集中力を維持するために数本の酸素缶を消費してしまった。


 その上入れ替え時にマスクのフィルターを、プロトアビスの体液が付いたままの手で触ってしまい、マスクを使うとほんのり血なまぐさい異臭を感じ取ってしまうようになっている。


 とりあえず、フィルターは交換するとして、何よりもまずは睡眠だろう。耳の後ろが不快な痛みを常に発している。酸素缶自体の在庫もかなり減ってしまったので、明日辺り、マーシャおばさんの配給に顔を出さなければならないかもしれない。


「そうかい……じゃあそっちの子だけでも食べてっとくれ、昨日の残りがまだ残ってるんだ」

「ああ……じゃあ、頼む」


 まあ中央街の正規部隊がELFを探しに来るということはないだろう。探すとしてもあの生成ユニット周辺を探すはずだ。少なくとも端街の食堂にまで探しにくる人間は居ないだろう。


「ただ、誰かがこいつを探しに来たら匿ってやってくれ」

「ふふっ、当然よぉバイルちゃん。安心してちょうだい」


 おばさんが笑みをこぼしてそう言うのを確認すると、俺はジャンヌに食べ終わったら帰ってこいとだけ伝えて、事務所へ戻る。ジャンヌ用に来客用のベッドも組み立ててあるため、今日はソファで眠れそうだ。


――随分疲れているようですね。バイル

「頭痛が酷くなるから黙っててくれるか」


 頭の中で響くケイの声に、顔をしかめた。


 長く起きていると、神経の緊張状態が長く続く為、頭痛が発生しやすい。これを収めるにはいったん睡眠をとるのがベストなのだが、神経が緊張していると眠気を感じにくくなる。だからこの頭痛を感じた時は、体調に限らず横になることを決めていた。


 薄明りのコンテナが並んでいる通りをすり抜けて、自分の事務所へと帰ってくると、俺はそのままソファに横たわった。全く眠気を感じてはいないが、そこからは不快な頭痛も無く、目を閉じると身体の緊張がほぐれるのを感じる。これならすぐにでも寝れそうだ。


――ジャンヌさんが戻ってきたら起こしますか?

「……いや、あいつが帰ってきたら俺が起きるまで大人しくしてろって伝えてくれ」


 目を瞑ったからか、ケイの声が聞こえてもそれほど不快な感触はしなかった。俺は面倒だと思いつつも、ケイにそう伝えてから眠りにつく。呼吸を三回も繰り返すと、すぐに今まで抑えられていた眠気が一気に放出され、俺の意識を押し流していった。

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