5 ギフト

第17話 ELFの少年

「昨日の大規模な電源喪失事故は、具体的な原因は分かっていませんが、どうやらELFがノアに近づいたことが原因の一つなようですな」


 中央街の照明が日中の物に変わった直後、緊急の元老院招集がかかり、昨夜の電源喪失事故の対応を話し合うことになった。


 電源喪失と同時に隔壁の外側で高エネルギー反応が検出されていたが、どうやらそれには老人たちの注意が向けられていないようだった。


「電源喪失による人的被害は皆無でしたが、システムが一時的にダウンした影響で『ノア』の補修部品を製造するスケジュールが少々滞ってしまい。復旧にはしばらく時間がかかるとのことだ」


 オーガスがそう報告すると、周囲の議員たちはざわめきだす。


「何だと、工期に遅れは発生するのか?」

「それは困るぞオーガス君」

「少なくとも現場責任者には、中央街追放なども含めた処分を検討すべきではないか?」


 発生した原因はともかく、人的被害が無かったことをまずは喜ぶべきではないのか。


 それに現場責任者は貴重な技師である。彼らを追放するのは、まわりまわって工期の遅れを呼ぶのではないか。


 私は様々な言葉を飲み込んで、アルバート氏の顔色をうかがう。しかし彼の表情は何の変化も無く、じっとられらの話を聞いているように見えた。


「現場の責任者の処遇については少なくとも追放以上は――」

「まあまあ、今はそれよりもELFによる主電源とメインシステムの復旧の方が急務でしょう。システムさえ復旧できれば、工期の遅れなど取るに足らないものとなるはずです」


 彼等の話がヒートアップする中で、アルバート氏が会話の流れを断つ。


「ん、おお、そうだな、アルバート君。若いというのに冷静だ」


 お前たちが耄碌してるんだろうが。


 私の中にいる何者かが、そんな事を叫んで私はわずかに体を揺らした。


「冷静な人間がいてくれるとありがたいですな。さて、ELFの担当は――」

「私ですよ」


 議員の言葉を引き継いだのはオーガスだった。


 彼は女性秘書に合図を送ると、彼女は恭しく礼をして会議場から出て行った。


「秘書に連れて来させましょう。その間、簡単な情報共有と提案をしておきたいと思うのですが、よろしいですか?」


 オーガスはそう話すと、全員の了承を取ってから話を始めた。


「まずは、彼ら・彼女らは恒星間移民船『ノア』の管理と調整を行う存在で、その性質から一人一人が『ノア』の管理権限を持っています」

「うむ、それは知っておる」


 それは基本的な事だ。そして前提次項である。


「彼らは私たちと同じ姿をしていますが、実は違う。所定の年齢まで休息成長させた後は、一〇〇~三〇〇〇年程度の寿命を持ち、その稼働限界を迎えるまで老いることはない」


「ほう」

「なるほど」

「それは羨ましいですな」


 確かにそれは「ノア」の管理マニュアルにも記載があったはずだ。ELFは移民船の航行時間に応じた寿命を与えられ、その職務を全うする。


 その後も、オーガスは様々な情報を共有していく。本来必要ではなさそうな、ドナーとしての高い適性なども含めて、様々な情報が全員と共有された。


「そして、ここからは提案です。ELFを――」


 オーガスが本題に入ろうとしたタイミングで、会議場の自動ドアが開かれ、秘書と共に金髪碧眼の少年が入ってきた。


 彼の頭髪は愛らしくカールしていて、その顔立ちは利発そうな少年そのものだった。


「おや、どうやら時間切れのようだ。まずは彼の紹介とノアの起動を済ませてしまいましょう」


 そう話すと、秘書は少年の手を引いて会議場の中央まで行くと、彼をおいて自分の立ち位置――オーガスの後ろまで戻った。


「……」


 少年は状況を飲み込めていないようで、しばらく周囲を見回していたが、議員の一人から「自己紹介しなさい」と言われて、ようやく口を開いた。


「僕はエルフ――End point for Life support and Flightの一人であり、アダムと申します。以後お見知りおきを」


 清涼な、流れる水のような声だった。本星のアーカイブで見た、川のせせらぎのように涼しげで、穢れを知らない存在のように、私は思った。


「ELFシリーズは歴史上・伝説上の偉人を個体識別名として名乗るよう設定されています。彼は楽園を追放された原初の人類、アダムの名前を識別名として持っているということですね――さあアダム。ノアの電源を復旧させなさい」


 オーガスはそう話すと、ELFの少年――アダムに合図を送る。


「了解しました。管理者権限発動、ELF識別名『アダム』よりゾハルメインジェネレータの起動を要請」


 彼が呪文のように滑らかに言葉を紡ぐ。私はその様子を固唾を飲んで見守る。


「……」


 何も反応がない。静寂が辺りを包み、誰かが机をコツコツと叩く音さえ聞こえてきそうだった。


「な、何も起こらないではないか」


 議員の一人がしびれを切らして声を上げる。


「おかしいですね……アダム。どうしました?」

「システムからの返答がタイムアウト。不明なエラーが出ています。ノアの起動は不可能です」


 オーガスの問いかけに、アダムは淡々と告げる。


「な、なんだって!」

「起動できないとはどういう事かね!?」

「皆さん落ち着いて! 落ち着いてください!」


 議会は混乱に陥り、オーガスすら声を荒げて彼らを宥めている。そんな中、私とアルバート氏は不気味な納得感と共に、バイルへの疑問を膨らませるのだった。

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