第16話 中央街の混乱
中央街の高層に位置するオース広場に電灯がともる。それと同時に天井の照明が明度を下げる。
ドーム状の隔壁に囲まれた中央街では、常に適正な温度、空気組成に調整されており、唯一時間を感じられるのが、周期的に明滅する照明だった。照明が暗くなると同時に、中央街の町並みがきらびやかな光をともす。
「よし、大丈夫、大丈夫」
そんなオース広場で、深呼吸をする男がいた。
彼の年齢は十八歳。五〇歳で中央街を追い出される関係上、早期の婚約と出産を推奨されているここでは、配偶者を見つけるには少し遅いくらいの年齢である。
そんな彼は、一人の女性を待っていた。中央街の時間が夜になる頃、オース広場で待っていると伝えてある。
「お待たせ!」
「うわぁっ!」
背後から忍び寄られて、彼は声を上げる。そのまま振り返ると、目の前には呼び出した女性が立っていた。
「どうしたの? 仕事で分からないことでもあった?」
彼にはいろいろと話したいことがあった。一目見た時から惹かれていた事。話すうちに趣味が合うと思った事。職場の先輩後輩という立場ながら、どこかそれ以上の感覚を持って接していた事。
「え、えと、あのぼ、僕は先輩のことが――す、すす……」
だが、驚かされたことによって、全て飛んでしまった。もう彼女に思いを伝えること以外、彼の頭には残っていない。
オース広場は夜の照明になると美しい景色が広がり、デートスポットとして有名だった。告白するならここしかないと思っていた。
「好きで――」
「ちょっと待って!」
彼がなんとか声を出そうとした途端、周囲の照明が一段暗くなる。
中央街の照明は「ノア」の非常用電源から給電されており、停電などありえないはずだった。だが、そのはずだというのに、周囲の照明は光を失い、そして照明以外も次々と機能停止していく。
「大変! システム障害かしら? ほら、急いで持ち場へ向かいましょう!」
「え、あ、あの、僕は先輩のことが――」
「話は後で聞くから!」
万が一、非常用電源すら機能停止した場合は、緊急対応をするために、各々が担当するセクションへ向かうことになっていた。
「ほら、早くしなさい!」
「せ、先輩ー……」
男は気持ちを伝えることもできず。彼女に手を引かれて持ち場へと走っていくことになった。
――
二輪車を止めると、俺は振り返る。
デコイとして撒いた獲物に目もくれず、俺を捕まえようとしていたプロトアビスは、はるか後方で丸焦げになり、プスプスと煙を上げていた。
――何だったんでしょう。今の……爆発?
「分からん……だが」
聴覚がようやく回復し始め、ケイの言葉に俺は静かに返す。
どうやら、あの光と音はプロトアビスに何かが命中した音のようだ。俺は金属カッターを片手に、酸素缶の入れ替えを行いつつ、その死体を確認するために二輪車を降りた。
「私も行きます」
歩き出そうとしたところで、ジャンヌが声を上げた。
「アレを回収するなら、一人じゃ大変なので」
「いや、まだ死んだと確定したわけじゃないし――」
「五〇億ボルト超の高電圧に晒された生命は九〇%以上の確率で死亡します。今回は出力もかなりあったので、まず生きてはいないでしょう」
ジャンヌは淡々とそう告げると、俺よりも先にプロトアビスの方へ歩いて行ってしまう。どうやらこの原生生物と戦う前のセンチメンタルな気分は、彼女の中からすでに消えてしまったらしい。
「――っと、ちょっと待った! ジャンヌ、何が起きたかどうしてわかるんだ?」
彼女を呼び止めて問いかける。
「『ノア』の非常電源エネルギーを遷移させ、それを私の権限で変換し、任意の現象を起こしました」
彼女は俺の問いかけに、事も無げに答える。つまり、彼女の言う通りのことが起こったとすれば、ノアの電源が一時的に消失したことになり、恐らく中央街ではかなり混乱が起きている筈だった。
「余計だったでしょうか?」
「いや助かった……だが、次からそれを使う前に聞いてくれ」
中央街の奴らがいくら慌てようと俺は全然気にしないが、依頼者に迷惑がかかるのと元老院に感付かれるのは避けたかった。
恐らく今頃はELFを生成し終えて中央街に到着したころだろうから、そちら側のELFが何か悪さをした。という形に勘違いしてくれると嬉しいんだが。
俺はジャンヌに追いつくと、彼女の前に出てプロトアビスの観察をする。
――おいしそうな匂いですね。
「気持ち悪い事言うな」
やはりというか、ジャンヌの所感通りプロトアビスの生命活動は完全に停止していた。むせ返るような肉の焦げた臭いが周囲に発せられている。
「どうしましょうか?」
「この様子じゃ肉として持っていくのは少し難しいかもな」
完全に表面は焦げ付いており、死んでいるということもあり、内部は電撃でずたずたになっている事だろう。これを食べられないということはないだろうが、肉として取引に使えるかと言えば怪しいところだ。
――折角の鳥型ですし、何とか有効利用しましょう。
「……そうだな、料理屋のばあさんの所にでも持っていくか」
形を残した肉としては難しくとも、カレーもどきの具材としてなら、まあ使えないことも無いだろう。俺はそう思って、自分用の四足歩行型と、プロトアビスの二つを狩りの成果として持って帰ることにした。
「ケイ。良かったですね。チキンカレーですよ」
――早速食べられそうですね。
二人で楽しげに会話しているのを聞きつつ、俺はプロトアビスを車体に縛り付けた。鳥とはいえ、体積はあるので重量はかなりあった。
「行くぞ。車体がひっくり返らないよう祈っててくれ」
「はい」
――了解です。
二輪車の動力を再び起動すると、さっきと比べて幾分か負担のかかった音が響き、何とか発進する。この後原生生物と出くわさなければ何とかなりそうだった。
――読者の方へおねがい
お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。
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では、よろしくお願いします。
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