第15話 プロトアビス
動力を起動し、クラッチをつなげて発進する。
「弾はどれくらい残っている?」
――あまり残ってませんね。あの時もう少し回収すべきでした。
「いや、あの場であれ以上素材を取るわけにはいかなかった」
あの場で資材を取り過ぎれば、中央街の正規部隊たちに俺たちが抜け駆けしたことがバレてしまいかねない。
二輪車の増設は、俺達が機能停止させたドローンの回収も含めての事だったが、噴進弾頭の被弾により弾薬類は誘爆か、使い物にならなくなっていた。
「バイル」
「どうかしたか?」
二輪車を走らせていると、ジャンヌが俺を呼んだ。その声は風と二輪車の駆動音の中だったが、ケイが気を利かせてくれたのだろう。会話に不都合はなかった。
「生きていくのは、難しいですね」
「……まあ、そうだな」
成熟した口調と高速学習などで、俺は彼女をある意味での人間以外の物として見ていた。それは確かに事実ではあるのだが――
「でもまあ、人生は割と何とかなる」
どうにも彼女は、知識を頭に詰め込まれただけの少女らしい。見当違いをしていた自分を恥じるとともに、彼女に俺の持っている答えを渡してやる。
「見つけちゃいけないミスを見つけても、こんな所に十六歳で追い出されても、その後の初仕事で死にかけても、生きていられるからな。生きるのは難しいが、死ぬのもなかなか難しいもんだ」
起こることにはどうしようもないが、その後どうするかは自分で決められて、その結果は自分次第。人生は本や漫画のようにエンディングで終わりじゃない。ハッピーエンドの後にも人生は続き、勿論バッドエンドの先にも人生は進んでいく。
「そうでしょうか。私に――」
――バイル。後方から原生生物が接近してきます!
ジャンヌが何かを言いかけた時、ケイが声を上げた。
「四足歩行型か!?」
先程の残党が、こちらの運ぶ獲物の血を辿って追いついたのかと思い。俺は二輪車のスロットルを回すが、ケイは俺の言葉を否定する。
――違います! 速度と高度、そして反応の大きさからしてこれは……怪鳥型です!
「っ!!」
その分類を聞いて、俺は二輪車のハンドルを握りなおした。
怪鳥型原生生物――プロトアビスの名前でも呼ばれる大型の原生生物で、羽根を広げた大きさは五メートルを優に超える。巨大でかつ体表を覆う羽毛はしなやかで、尚且つ小口径の弾丸なら弾いてしまうほどの強靭さを持っていた。
――応戦しますか?
「ああ――だが、すぐには動かない。できる限り逃げて、ひきつけてからだ」
持っている機銃は弾数が少ない上に、口径も大きいとは言えない。遠くから撃ったところで、プロトアビスを刺激するだけだろう。
飛翔する怪鳥をちらりと視線を向けて確認する。完全に陽が落ちて、星と二つの月が浮かぶ空を一部が、巨大な羽根により塞がれていた。
覆いかぶさるような動きで黒い影は迫って来る。汎用動力を流用した二輪車程度では、距離を詰められるのを遅らせる程度の効果しか期待できなかった。
――プロトアビス、動きました!
その言葉を聞いて、俺は酸素缶を交換する。脳に新鮮な酸素がいきわたり、一気に思考がクリアになる。
「トリガーはお前の判断でしろ! 行くぞ!」
距離を縮める飛行から、そのまま対象を狩る動きに移行した怪鳥相手に、俺はハンドルを切って爪の攻撃をかわし、ケイがハンドルを切った直後のタイミングで機銃のトリガーを引く。
「ギャッ! ギャァ!」
弾丸の衝撃でよろめいた雰囲気はあるものの、有効打にはなっていない。なんとか「この獲物を追い続けるのは体力の無駄だ」と思わせられなければ、俺達に生きのこる目は無かった。
――っ……対象。未だに健在!
「分かってる! ――ジャンヌ。振り落とされないようにな」
俺は側車に乗っているジャンヌにちらりと視線を向ける。彼女は何かを考えているようだったが、俺の声には反応して頷いてくれた。
――
『残弾無し! これ以上の戦闘は――』
「獲物の片方を捨ててデコイにしろ! 何とか逃げ切るんだ!」
「……っ」
私はバイルを助けるため、何とか「ノア」と交信しようと試みていた。
狩場とノアまでの距離はそれほど離れておらず。交信できる範囲には居るはずだった。
しかし、いくらこちら側から命令を送っても、反応が返ってくることはなかった。
どうして、早く、早く反応を返して……
私の焦る心を無視して、ノアは沈黙を続けている。
「もしかして……」
縋るような思いで命令を送り続けている途中、私は一つの可能性に思い至る。ノアのシステムがダウンしているのは聞いていたが、もしかすると、物理的に起動しなければならない状況なのではないか。
だとすれば起動命令は意味がない。私はそう考えて、非常用電源からのエネルギーを操作する命令を行う。
「緊急時に付き権限所有者より『ノア』中枢へ強制指令、ゾハルジェネレータ出力解放、X座標3957.546・Y座標1578.941へエネルギー遷移、コードE――」
私が再び命令を送ると、ようやくノアは反応を返してくれた。非常用電源のエネルギーをこちらの空域に遷移させ、飽和させる。
『バイル! 空の様子が――』
「なんだ。この臭い――」
飽和したエネルギーが私のコードによって性質を変え、イオン化した大気がオゾン臭を発する。
「THUNDER BOLT」
私が現象の起動を指示すると、ほぼ同時に巨大な鳥型原生生物に雷が落ち、轟音を響かせた。
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