第14話 原生生物の狩猟
狩場には、どうやら同業者は居ないようだ。まあその方が俺も楽である。ケイの索敵が追いつく程度の早さで足を進めていく。
――十時の方向、四足歩行型が私たちを捕捉しました。
「そのままもう少し引き付けたい。退路を確保したまま移動するにはどうすればいい?」
――では右に広がっている岩場に誘い込みましょう。そっちの方向であれば敵の数も少ないです。
「分かった」
俺は原生生物に気取られないよう、さりげない方向転換で、右前方にある岩場へと歩いていく。視界がさらに悪くなるが、それでも遮蔽が多いこの環境は、嫌いではなかった。
原生生物は基本的に肉食であり、彼らは他者を食らうことで生きている。つまり本能として、狩られる事を想定していない。
――追加で二匹、いや三匹引っかかりました。群れで行動するタイプですので、時間を掛け過ぎるのは得策ではないかもしれません。
俺はその報告を聞いて、考える。ケイを隠すためには単独が楽なのだが、こうなってくるとなかなか厳しい。機銃の掃射である程度の事態は切り抜けることができるが、虎の子である。使うとなれば躊躇はしないとはいえ、ある程度何とかできる目途が立った状態で使いたい。
「引くのも手だが……」
恐らく今引き返して帰れば、ある程度無事に帰れる算段は付く。だが、そうなると食料が手に入らない。現状そこまで資金繰りに困っている訳ではないが、この程度のリスクを恐れていては端街で生きていくのは厳しいだろう。
「ケイ、二輪車まで戻るぞ」
――出直しますか?
「いや……俺たちに有利な環境まで引き付けて、獲物を狩ったらそのまま逃げる」
彼女に行動の指針を話し、俺は後ろ歩きで二輪車を止めているポイントへ向かう。恐らく背中を見せれば、現在追跡してきている原生生物たち全てが襲い掛かってくるだろう。
背後を見せる事は、相手に隙を見せることになる。俺にはケイの目があるから致命的な不利を背負うことはないが、大量の原生生物が一度に襲い掛かってくるので、手持ちの武装では処理しきれない。進行方向へ視線を反転させるのは二輪車に乗る直前まで待つべきだろう。
「バウッ! ガウッ!!」
――追跡している個体の内数匹が、戦闘態勢に入りました! 応戦を!
相手の方がしびれを切らしてきたか。原生生物が吠える声と、ケイの忠告がほぼ同時に聞こえて、俺は金属カッターを抜き、グリップを握りこむ。
金属カッターとは、刃物のうち、金属等の硬い物質を切断するための機構が内蔵されたものをそう呼んでいる。ドローンの装甲や原生生物の硬い皮膚を切り裂くための道具だ。
今俺が持っている金属カッターは高周波振動による切断能力の強化を行うもので、他の溶断タイプや回転刃タイプに比べ、火花や音が少ないのが特長だった。
だがその代わり短所もあり、切れ味は溶断タイプに劣り、回転刃タイプよりも整備性が落ちる。いわゆるスタンダードな性能というわけだ。
「ガァッ!! ギャウッ!!!」
一番槍にと飛びかかってきた原生生物の口内めがけて金属カッターを突きこむ。口内で刃先が高速振動して、原生生物を内部から切り裂いた。
「ガッ――!!」
喉奥につけられた傷によって溢れ出した血に塞がれ、これ以上吠えることはできないのだろう。腕を飲み込んだまま、原生生物はガボガボと苦しげな音を立てながら脱力する。
俺はカッターを引き抜くことはせず。ケイに筋力の補助を頼む形で腕を大きく振り回す。続いて飛びかかろうとしていた原生生物は、仲間の死体で強烈に殴り飛ばされ周囲に転がった。
「食っておけ」
――はい……それにしても丸ごと一匹は久しぶりです。
ケイはそう言いながらバキバキと骨を砕いて原生生物を食らう。数秒も経てば死体は残らず、俺の右手にはどす黒い血糊とそれにまみれた金属カッターが残るだけになっていた。
「グルルルッ……」
ケイの姿を見たことで、原生生物たちは俺達の事を「獲物」から「敵」として認識を改めたようで、彼等は威嚇をしつつにじり寄ってくる。
――あと少し、一〇メートルほど歩いたら反転してください。そのあたりが数匹狩りつつ、原生生物をバイクで振りきれる催促地点です。
「分かった」
ケイの指示通り、原生生物を警戒しながらも確実に後ろへ下がっていく。彼らは時折吠えたり、距離を縮めるフェイントをしてきたりもするが、いざとなればこちらが優位に立てる事は分かっているので、冷静に対処すれば問題ない筈だ。
さっきの場所から一〇メートル近くは歩いただろうか。俺は原生生物たちから目を離すことなく考える。そうだな、あと三歩下がったら反転しよう。俺はマスクに付いている酸素缶を交換して、そう考えた。
三、二、一――
「っ!」
踵を返し地面を蹴る。それと同時に背後で原生生物の遠吠えと、迫りくる足音が聞こえ始めた。
「バイルさん。狩りは――」
「すぐに出るぞ!」
振り返り走り出したところで二輪車に乗ったままのジャンヌが俺の名前を叫ぶ。俺は彼女の声に答えつつ、背後から迫る原生生物たちを警戒する。
「ケイ! 撃て!」
二輪車まで到着した段階で彼女に指示を飛ばすと、身体から染み出た可塑性の粘液が背中に背負った機銃を包み、銃口を原生生物に向けて掃射する。
「――っ!!」
凄まじい銃声と衝撃の向こうで、原生生物たちの悲鳴が聞こえる。俺が振り返ると、辺りには銃創でずたずたになった原生生物が数体転がっていた。
――周囲に私たち以外の生体反応はありません。追加の原生生物が来る前に撤退しましょう。
ケイの言葉通り、周囲に動く存在は見当たらなかった。俺は原生生物たちの身体を漁り、損傷の少ないものを二体ほど拾って布でくるむと、バックパックに括り付けた
「ジャンヌ、少し臭うが我慢してくれ」
「はい、わかりました」
残った肉は他の原生生物たちが食べるだろう。俺たちはその肉の匂いに誘われて、大型の原生生物が寄り付く前にその場を離れることにした。
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