4 ハント

第13話 元老院たち

「やれやれ困った物ですな、たかがELFを回収してくるだけだというのに、いつまで時間を掛けているのやら」


 私は表情を崩さなかった。


 それは私が鉄の心臓を持っているからでも、元老院の発言が予想の範囲を超えなかったからでもなく、アルバート氏が何か考え込む姿勢を崩さずにいたおかげだった。


「まあまあ、今夜には到着するのでしょう? 我々は百年待っていたのです。この程度何という事もありますまい」


 老人たちが中身の無い会話をしているのを見て、何とか平静を取り戻す。


 バイルが失敗したか……?


 ELFの製造はバイル自身が行うことでしか不可能だと言っていた。だが、時間はかかっているものの製造自体は出来ている。この状況から考えられることは、バイルの仕掛けたセキュリティが突破されたということだ。


「……む、アルバート君。秘書の顔色が悪いようだが」


 耄碌した愚者たちの中で、唯一鋭い眼光を持つ老人が何でもない事のように、私の顔色を指摘する。


 オーガス・ノヴル。元老院の一人で、比較的若いほうへ分類される人間だ。まあ若いとはいえ、すでに年齢は九〇近くに達しており、世間一般的に見れば他の元老院メンバーとそう大差はないが。


「もしや風邪ですかな?」

「いえ、私は――」


 何とかごまかそうとしたところで、アルバート氏が視線で言葉を遮る。私はその動きで何とか冷静さを取り戻した。


「すまないな、どうやら昨日仕事で無理をさせ過ぎたようだ。会議が終わったら休ませるとしよう」


 アルバート氏はひたすら冷静で、平坦な調子で返答する。そのどこにも動揺は感じ取れず。ただ部下を気遣う上司そのものだった。


「おお、それはいけない。なるべく早く会議を終わらせなくてはな――それで、ELFが中央街に届く時間だが……」


 口だけの労いを投げかけられて、会議は進んでいく。どうやらあまり疑われることなく切り抜けられたようだ。


「……」


 安堵の気持ちとバイルへの不信、そしてオーガスへの警戒を心の中で続けつつ、私は会議の成り行きを静かに見守った。



――



 元老院の一人一人に用意されている私室は、盗聴や監視から逃れられることが保証された数少ない場所だった。


 侵入者を防止するトラップや定期的な盗聴器の探知チェック。確実に盗聴は無いと言えたし、事実情報が洩れている気配もなかった。


「今回は危なかったな。ウィリアム君?」

「申し訳ありません」


 だから、こんな話もできる。私は先程の会議での失態を、アルバート氏に謝罪していた。


「ふふ、まあいいさ、今回は具体的な内容も想像つかないであろううえに、オーガス以外には気付かれていないからな」


 やはり、感付かれているか。


 証拠はないので表立って糾弾されることはないだろうが、私たちに対して警戒の目が向けられるのは避けたかった。


 そうなると……バイルの細工が不発に終わったのはむしろ良かったのかもしれない。恐らくELFを生成できないとなれば、私たちへの追及がなりふり構わないものになっていただろう。


「しかし、彼は何をしてくれたのか」

「さあ……ELFが生成されてしまっては、何をしていても意味がないのでは」


 私は考えていることをそのまま伝えてみるが、どうやらアルバート氏の考えは違うようで、彼は首を横に振った。


「どうかな……彼は私たちよりも、余程用意周到で狡猾かもしれないよ」

「それは――」


 私は彼の発言の真意を測りかねていた。彼は一体何をしたというのだろうか。


「彼を信じよう。ということだよ」


 困惑する自分を見て、アルバート氏は柔和な笑みを浮かべると、彼は一言だけ残して、中央街の要望書へ目を落とした。



――



 暑く、体力の消費が激しい昼間よりも、原生生物は夕方以降、そして夜間の方が活動が活発である。それは長い間積み重ねられた端街に住む人間の知識だった。


 俺は二輪車の動力を停止して、マスクに酸素缶を差し込みつつ砂地に立つ。視線の先にはいくつもご

つごつした岩が転がっており、それらは夕闇に溶けて輪郭をぼやかしていた。


「ここが……原生生物たちの狩場ですか?」

「ああ、少し見通しが悪いが、俺たちには――」

――優秀なレーダー役がいますからね!


 俺の言葉をケイが引き継ぐ。どうやら俺以外の人間と気兼ねなく会話出来て嬉しいらしい。


「……で、居るか?」

――いますね、今日はちょっと数が多いでしょうか?


 ライトを片手に狩りをしてもいいのだが、原生生物が「集まり過ぎる」ことがある。基本的に人間は、そこまで肉体的に強いわけではないので、カッターや機銃で処理できる程度の原生生物を相手する必要があった。


――昨日のドローンから鹵獲しておいて良かったですね。


 俺の背中にはにはドローンから取り外した機銃があった。必要な時は、これをケイが操作して原生生物を蹴散らす事になる。


「リロードは出来ないからそれだけ注意しておけ」

「あの、私は……」


 二輪車のバックパックからケイに持たせる機銃と自分の使う金属カッターを取り出したところで、布にくるまったジャンヌがおずおずと話しかけてくる。


「二輪車の中でじっとしていれば安全だ。狩りが終わるまでじっとしていろ」


 正直なところ。ジャンヌの扱いには困っている。一人でどこかに閉じ込めておくわけにもいかないし、常に手の届く位置に置いていては不意の危険にさらされる事もある。


――私たちがすぐに一週間分のご飯稼いじゃいますからね!

「そういう訳だ」

「……はい」


 彼女の表情は乏しかったが、その時だけはどこか寂しさを感じさせた。

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