第12話 ジャンヌによる所感

 端街は、本当に不思議なところだ。私は昼食にカレーもどきを食べた後、事務所で何かを弄っているバイルさんを、さっき出来上がったパイプ製のベッドに腰掛けて遠巻きに見ている。


 何か細かいものを工作しているようで、私には想像もつかない。声を掛けるのも悪いから、私はぼんやりといろんな事を考える。


 たとえば端街の事、ここでは誰も彼も生活に困っていて、明日の保証もない。何もかも足りない場所だというのに、まるで不足などないように暮らしている。それがとても不思議だった。


「ケイ、もういいだろそのことは」


 バイルさんが唐突にそんな事を言った。彼は体内でケイを飼っているから、スピーカーなしで彼女と会話ができるようだ。


 彼も不思議だった。端街には五〇歳以上の人間が殆どだということを聞かされていたし、事実街を歩いてもすれ違うのはほとんどが老年に差し掛かった身なりをしていた。


 一緒に入浴した時、彼の肌をまじまじと観察した。彼の身体にはいくつもの銃創痕や擦り傷、切り傷があって、それらは便利屋の仕事中に負った物らしく。それが原因で一度死にかけた時に、ケイと出会ったらしい。


 そう長い間一緒にいるわけではないが、なんとなく彼とケイの信頼関係には深いものを感じるし、彼が話したことに恐らく疑う余地は無いのだろう。


 それでも私は不思議だった。


 なぜ、そこまで身の危険を冒してまで依頼をこなすのか、直接見たわけではないが、バイルほど傷跡の目立つ人間は居ないように思えた。


「……よし、ジャンヌ、こいつを耳につけてくれ」


 作業が終わったのか、彼は私に小さなイヤーチップを渡してきた。骨伝導を利用する仕組みで、外部音の取り込みに支障が出ないタイプの物だ。


「分かりました」


 それを受け取ると、私は右耳に装着して電源を入れる。ぶつりと音が鳴った直後、イヤホンから音声が溢れ出した。


『あー、あー、ジャンヌさん。聞こえますか?』

「! 聞こえます」


 イヤホンから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。


「そうか、なら良かった」


 バイルさんはそれだけ言うと、肩を鳴らした。


「まあ数日の付き合いになるとはいえ、トラブルは避けたいからな、ケイの存在はなるべく隠しておきたい。端街の治安のためにも、俺のカードとしてもな」


 言いながら、服をはだけて黒い粘液で侵食された端末を見せてくれる。どうやらケイはそれを操作して私のイヤホンへ声を送信しているらしかった。


『これで心置きなく話せますね!』

「はい、改めてよろしくお願いします。ケイ」


 私がお辞儀をすると、バイルさんは自分の顎を擦りつつしばらく考えこんで、遠慮がちにゆっくりと口を開いた。


「あー……人から見られると、俺みたいに幻覚と話してるように見られるから注意しろよ」


 彼は「まあ、端街にはそう長く居ないだろうから気にすることも無いだろうが」と付け加えて言うと、夜間用の外套を手に取って、出発する準備を始める。


「どこへ行くんですか?」

「近くで四足歩行型を狩りにいく。肉さえあれば糖質フレークやら何やらも交換できるからな」

「私もついていきます」


 出て行こうとする彼にそう言ってみる。一人になるのは若干の抵抗があった。


「……ああ、一人にしておくのは危ないからな」

『一緒に行きましょう!』


 少しの沈黙の後、彼はそう言って私に手を差し出した。



――



「全く、再起動まで丸一日かかるとは」


 沈みゆく光を恨めしげに眺めつつ、回収部隊の隊長は悪態をついた。


 バックアップチームの奔走により、ELFを生成するユニットは復旧できたが、今度は生成に時間がかかるそうだ。


 なんでも、ELFの元となる胚を通常の数千倍の速度で成長させて作るらしいが、二〇代の肉体年齢まで引き上げるには、真夜中近くまでかかるらしい。


 流石に第三の月が中天に至るまでは掛からないものの、丸々二十四時間ここにいることになりそうなのは避けたかった。


「隊長、元老院から帰還許可が下りました」


 部下の報告に、隊長は溜息をもらす。


「ようやくか……」

「はい、ELFの回収はバックアップチームが行うそうです」


 彼らもこの星の荒野を移動できるだけの能力は、当然ながらある。元老院が帰還を渋り続けていたのは、ひとえにELFの回収を確実なものにしたいという考えだった。


 無駄な作業は士気を低下させる。彼らにとっては訓練で慣れたものでもあったが、それでも影響がないかと言えばうそになった。


「では、帰還の準備に入れ、バックアップチームへの引継ぎも確実にな」

「了解!」


 隊長の言葉に、報告しに来た隊員は嬉しそうに言葉を返す。正直なところ隊長自身も解放された喜びに浸りたいところだったが、そこは溜息を吐くだけで済ませる。部下たちに示しがつかないからだ。


 家に帰ったらまずは妻と子供に冷凍睡眠の席が取れたことを伝えて、お祝いにアルコールでも買って行こうか。彼はそんな事を考える。


 移民船「ノア」には、一〇〇年間で増えた人間すべてを冷凍睡眠する程の設備はない。だからこそ、その椅子取りゲームは苛烈を極めていた。


 その席からあぶれたものは数百年以上のあいだ、宇宙船内でELFの管理を受けながら世代を重ねていくことになる。


 つまり、狭い世界で厳格に管理された人生を送ることになるのだ。それだったら、まだここで朽ちていく方が人間らしく生きられるかもしれない。


「出発準備完了しました」


 もう既に許可が出る前提で準備をしていたのだろう。意外に早い報告に隊長は笑みをこぼすと、高らかに出発を宣言するのだった。



――読者の方へおねがい


 お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。


 もしよろしければ、作品ページから+☆☆☆の部分の+を押して★★★にしていただけるとありがたいです。


 では、よろしくお願いします。

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