あなたの寝顔と私の泣き顔

だずん

あなたの寝顔と私の泣き顔

 隣のパイプ椅子。

 黒髪を長く垂らした女の子。


 綺麗だなぁ……。

 大人しそうな感じも好き。


 それがあなたの第一印象だった。




 ここは私が通い始めた大学の、とある教室。

 沢山の人が美術部の入部説明に耳を傾けていた。


「うち、美術部では……絵を……デジ……てまして……」


 私は時より言葉を正しく汲み取れないでいた。

 それは頭の中を、隣のあの子のことで一杯にしていたから。


 まぶたをパチパチとさせると、つい目線が前から横に。そしてあなたの姿が目に映る。

 パチパチ、とするとまた前に。

 パチパチ、でまた横に。


 いけない、いけない。説明聞かないと。


「……そういうわけでうちでの活動はこんな感じです。まあよかったら入ってみてね。みんな来てくれてありがとー。では」


 説明の終わりを告げる合図と共に、私たち参加者がそれぞれ立ち上がる。みんながぞろぞろと動き出して、後ろの扉に吸い込まれていく。


 その中に隣の子も。

 そのまま吸い込まれたら二度と会えないかも……?


「あの……!」

「え、はい……」


 戸惑った様子で私に向けたのは、鮮やかな白い肌と、華奢な体。

 それに、あなたの胸の前で握って震えた右手が、私に怯えてることを伝えてくる。そんなあなたの瞳は、私をまっすぐ見つめてる……?


 なんだか目が合ってるはずなのに合ってないような、そんな不思議な感覚に包まれる。




***




 その子と話してみてわかったのは意外と仲良くしてくれること。


 第一印象からあんまり人付き合いよくなかったりするのかなって思ったけど、ただ友達が少ないだけで仲良くするのが嫌いってわけじゃないみたい。


 私が「水族館行きたい!」って言ったら「どこの水族館行きたいの?」って聞いてくれて、「あそこ! ジンベエザメ見れるとこ!」みたいに会話が弾んだ。


 水族館でもあなたが私の先を行くことはなくて、ずっと少し後ろを付いてきていた。「私はあなたに従いますよ」と言わんばかりの様子だった。


 だから私はあなたを連れて気の向くままに歩き回り、興味のあるものを見つけてはあなたとお話した。そんな空間は私にとってすごく心地のいいものだった。




 あなたはとっても綺麗だった。


 私の頭はあなたの首元にしか届かなくて、背が高いなぁって思う。それに、壊れそうなほどに細身の体躯も美しさに拍車をかけている。あなたの白い肌は、春休みに植物園で見た白百合みたいに鮮やかで、ついぼーっと見てしまう。


 細く高い背と、鮮やかな白い肌。そこに掛かる黒のストレートロングの美しさは私を魅了するには十分過ぎた。


 それに加えて、あなたはとても儚げで、今にも壊れそうだったから、あなたのことを特別に思うようになったのは自然なことだったのかもしれない。




***




 あなたのことを好きになってからというものの、私の態度はどこかおかしくなっていた。


 あなたと目がパチリと合う。

 いつものことなのに、何ともないはずなのに、私は恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。


 手と手が擦れるように触れ合う。

 普段は気にもしないくせに、私の手は敏感になっていて、ついつい手をサッと引っ込めてしまう。


 あなたが「ラララ〜♪」と歌を歌う。

 あなたの声が心地よくて、それだけをずっと感じたくて、目を閉じっぱなしにしてしまう。


「ねえ起きてる?」

「あー起きてる起きてる! 大丈夫だから!」


 私は大慌てで否定する。

 やっぱり変だよね……?

 変な挙動ばっかりして、この気持ちに気付かれてたりするのかな……?

 気付いてほしいし、気付いてほしくない。


 胸の奥から湧き上がる好きの気持ち。これを否定されるのは怖いよ……。

 でもこれさえ受け入れてもらえたら、誰よりも幸せになれると信じてる。


 だから私は怖くても伝えた。


 それはいつの日か、あなたの部屋でのことだった。


「す、好きです」


 あなたを直視できない私の姿、緊張で震えた声。そういう私の気持ちを表したような行動は、言葉足らずな告白を充分に補ってあなたの元に届けた。


 それを受け取ったあなたは、しばらくしてから


「いいよ」


 と嬉しそうに返してくれた。




***




 付き合い始めて変わったことは3つくらいある。




 まず最初にスキンシップをたくさん取るようになったこと。


 手を繋ぐ。そうすると、あなたのひんやりとした手を感じられて、私が暖めてあげなくちゃと思う。


 体をぎゅーってする。そうすると私の体はあなたにすっぽり包まれて甘えてる気分になる。えへへ。


 唇をくっつける。あなたはもっともっとって求めてきてなかなか離してくれない。でもそんなところも好き。




 次に、あなたの少しだけ好きじゃない一面もわかるようになったこと。


 例えばお昼は一緒に食べてるんだけど、あなたがごはんをお箸で口に運んでいる様子があまりにも無造作で、ごはん食べるのをいつも楽しみにしてる私とは違うのかなって気になっちゃった。

 だから「おいしい?」って聞いてみたら、「おいしい」って返事は帰ってくるんだけれど、笑顔とかは見えなくて、あんまり食事を楽しんでるって感じがしないんだよね。なんだかもやもやしちゃう……。


 他にも、夜に眠る時は眠気がずっと来ないみたい。だから毎日夜遅くまで電話して、あなたが眠たくなるまで……って思っててもいつも私が先に眠っちゃう。寂しい思いをさせちゃってごめんね……。でもどうしようもなくて、私の心はぐるぐると渦巻き。

 安心して眠れないからだったりするのかな? あなたはそんなことを言ってた気もするけど、私とお話しても安心してくれないのかな……?



 そんなあなただったから、私といても幸せじゃなかったりするのかなって不安に思って聞いてみた。「実はよくわからないの」と返ってきた。


 でも私はあなたのこと愛してるから「そっか。でも、それでも大丈夫だよ。ゆっくり幸せわかるようになってこ?」って返したんだけど、ずっとこのままはやだなぁ……。

 キスまでしてくれるのに好きって言葉は全然口に出してくれなくて、その……私はあなたのこと幸せにしたいのに、それがうまくいかない感覚に襲われるのはすごく苦しい……。




 最後の一つは、一緒のベッドに入るようになったこと。




***




 いま私はあなたと同じベッドの中で、暖かくおててを繋いでいる。お家デートはだいたいこうやって、とりあえず同じベッドに潜り込む。段々寒い季節になってきたからってのもあるかも。


 恋人と同じベッドということもあって、することは過去に何度かした。あなたと官能的な時間を過ごすのは好き。でもだからといってそれがないといけないわけじゃない。


「あのね……」

「なーに?」


 あなたが尋ねる。


「今日はちょっと気分じゃなくて、できなさそう……ごめんなさい……」

「そっかー。全然いいよいいよ。じゃあ代わりにぎゅーしよ。ほらぎゅー」


 そう言って私はあなたを抱きしめる。

 立ってるときはあなたの顔が上に来るけど、今は私のが上。だからあなたは私の胸に顔をうずめてくれる。


「ほんとごめんね? 今日はたくさんしよって言ってたのに。ごめんなさい……ごめんなさい……」

「いいよいいよ、そんな謝らなくてもー」


 こういう言われ方をしちゃうと少し困る。本当に別にいいと思ってるのに。


 あなたと幸せな時間を過ごせればそれでいいのになぁ。でも、あなたはこの時間を幸せに感じてくれてなさそうで、私としてはそのことが気になって苦しくなってしまう。


 そんな苦しい気持ちとあなたを抱きながら、あなたの頭を撫で付け続ける。なで、なで。


 しばらくすると、あなたが眠ってることに気付く。

 こんなことは初めてだから嬉しくなる。だからほんとに寝てるのかなって思って観察する。すやすやと眠ってるところを見て私も気分がよくなる。


 ずっと見てられる。

 ずーっと。

 ずーっと……。


 私達の関係もずーっと続くのだろうか。

 こんなふうに安心して眠ってくれたのは、ほんの一瞬の奇跡でしかない気がして、そんな一瞬にしか救われない私の心はいつか壊れてしまうんじゃないか、という不安に押し潰されそうになる。


 苦しくなった私は、あなたの下に潜って、あなたの胸に顔を埋めて、ぎゅーっとする。


 うぅ……。


 私はたくさん涙をこぼして、あなたの服を濡らしていた。

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あなたの寝顔と私の泣き顔 だずん @dazun

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