楓③(楓編終わり)

 皆の就活が終わりを見せている頃、里香は学校に来なくなった。単位は取り終えているはずだし、卒業はできるのだろう。しかし、すべての授業をまじめに出席していた里香がいないことは不自然で、楓は少しだけ里香のことが気になった。


 おそらく里香は就活がうまくいってないんだろうな、と楓は思った。まぁそうだろう。あの子がうまく行くわけなんてない。


 結局、楓は商社の内定がもらえなかった。


「お前、父親が丸井商事の人事って言ってたのにな」と暁斗は楓に言った。それから楓は暁斗をブロックした。暁斗が結局どこに内定をもらったのか、知るよしもない。風の噂で、マルチを始めたと聞いている。


 キャンパスで里香を久しぶりに見かけた時、就職先を聞いてみたが、里香は言葉を濁すばかりで教えてくれなかった。その後、共通の友人の亜美から里香の就職先を聞いた。彼女が丸井商事に決まったということを。そして、新入社員代表挨拶を務めるらしいということを。


 大学の卒業式、楓は、成績優秀で、大学から表彰された。楓は里香をちらりと見た。里香の成績はわからないけど、おそらく、中の下ってところだろうな。表彰状を見ながら、楓はついに、里香へのもやもやとした感覚を拭い去ることがついにはできなかった。


 社会人になり、楓は一人暮らしを始めた。実家にはそう帰らないが、夫婦仲は別に悪くもなさそうだった。


 楓は次第に、やっぱり丸井商事で働きたい、と考えるようになった。社会人になった今は、学生の頃より就活のやり方がよくわかる。


 楓は3年ぶりに里香にチャットを送った。


『久しぶり〜よかったら今度ランチでも行かない?』


 1週間経っても里香から返事は来ない。


『忙しい時にごめんね。よかったら電話でもどう?』


 1ヶ月経っても既読はつかない。


 ブロックされてるのかな。その考えが浮かんだ時、あれだけ里香のことが苦手だったはずなのに、急に不安な感情を抱き始めた。


 え、なんでだろう。里香に嫌われた。レポート見せてって言われた時、自分でやらなきゃダメだよとか言ったからかな。里香が同じ話を何度もしている時に、もうその話は良いってって言ったからかな。笑顔で冗談ぽく言ったのにイライラがバレていたかな。考え出したらキリがないほど思い当たる節はあった。


 しかし、突然楓の中に違う考えが生まれた。


 里香は病みがちだった。もしかして。


 里香は嫌な予感がした。同時に、その考えがあっていて欲しいとも不謹慎ながら思った。私は嫌われてブロックされたわけではない。そう思いたかった。


『大丈夫?生きてる?』


 里香からの返信はついに来なかった。


 楓は久しぶりに亜美に連絡を取った。亜美は、学生時代のバイト先の知人で、SNSを介して、亜美が里香とも友人であることを知った。学生の頃は、亜美の呼びかけで、たまに3人で遊んでいた。

 

 楓は、里香と連絡が取れないことを亜美に話した。そして、いかにも自分が里香を心配している、という表情を作り出した。


 そう私は大女優。


「あー、なんかね、里香、就活の時に、楓から変な団体紹介されたって怒ってたよ。里香をその集まりに呼んで、楓は、父親のところに行くことになるからって理由をつけて来なかったって」と亜美は言った。最近私も里香とは会ってないけどね、と亜美は付け加えた。


 そんなことしたっけ?と楓は思ったが、すぐに思いだした。先輩から紹介された就活団体を、里香に押し付けたことがある。初めは懇親会に参加すると楓も言っていたが、父親の単身赴任先に行くことを言い訳に、当日キャンセルをしたのだ。


「いや本当に父親のところに言ってたんだけど」と楓は言った。


「うーん、楓ってさ、ドタキャン多くない?それに、行ったの父親の単身赴任先でしょ?もっと前から日程決まってたんじゃないの?」と亜美は言った。


 確かに、楓は3人での約束をキャンセルすることが多かった。でも、自分では最大限2人に配慮しているつもりだった。行きたくもなかった3人での旅行も無理して行ってあげたのに、そんなこと思ってたんだ。楓は少しショックを受けた。


 里香はおそらく私に思うことなんていくらでもあったのだろう、と楓は思った。その中で、他人が聞いた時、里香に同情してくれそうな事案を選んで話しているのだ。


 これは、里香にうまいことやられたな、と楓は思った。楓は亜美と別れたところで、チャット上の3人グループを抜けた。


 家に帰ると、茶封筒が届いていた。里香からだった。過去の盗撮で精神的苦痛を受けたため、慰謝料を払え、という趣旨の内容証明だった。


里香の酔いは覚めたのか


 役目を終えた潤滑油にいる場所なんてないんだ。楓は、時効なのにバカじゃないの?、って思いながら、里香にどうまた酒を飲ませるかを考えあぐねた。


今度は高級なウイスキーにしよう


 楓は茶封筒を握りしめると、単身赴任中の父親に、助けを求めるように電話をかけた。

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