実瑠②
塾講師のアルバイトは曜日固定だった。金曜日は、実瑠は里香とシフトが被っている日だった。
「このあとラーメン食べに行こうよ」
実瑠が講師用スペースで里香を誘う。これが毎週金曜日お決まりの儀式だった。
「おっけ」と里香は言うと、既に生徒が着席している個人指導ブースへと入っていった。里香は生徒と楽しそうにおしゃべりをしている。
里香は生徒と仲良くなるのは他者に群を抜いていたが、別に仕事ができるというわけではなかった。授業も真面目にやっているというよりは、恋バナや生徒のお悩み相談で終わっている印象だった。それを最初に指摘したのは惇史だった。
————
「あいつさ、全然仕事してなくね?ずっと生徒と喋ってるしさ」
近くの格安ラブホテルで関係を持ったあの日、惇史はそんなことを言っていた。
「なに?どう言うこと?生徒と仲良くするのも仕事のうちでしょ」と実瑠は笑ってけむにまいた。
「いやそれだけじゃなくてさ、あいつさ、別にそんな賢い大学ってわけじゃないのに、自分賢いみたいな授業すんじゃん。普通に教えんの下手じゃね、って話」
「失礼だなぁ、あんたの大学がトップ私立ってだけで里香の大学も十分頭いいからね?それに、里香の高校って……」
「いや前も聞いたけど、そんな嘘くさい名前の高校しらねぇよ」
「惇史が公立出身だから知らないんだよ」
「しかもさ、知ってる?あいつ酔ったらめっちゃ語り出すんだよ?まじ聞いてるこっちがしんどいって。ブランドばっか持ってるし、まじどこにそんな金あんの?あいつにも聞いたんだけどさ、笑うだけで答えねぇし、パパ活でもしてんのかな」惇史は里香に何の恨みがあるのかっていうほど畳み掛けた。
それはどこにお金を使うかの違いでしょ、答えるのが面倒になった実瑠は惇史をてきとうにあしらった。
「だからさ、お前どう思う?」と惇史は実瑠に言った。話を途中から聞いておらず、惇史の問いは唐突だった。
「どうって、何が?」
「だから、里香ってたぶん、俺のこと好きだよな?」
実瑠は、もしかして、惇史は里香と既に寝たことがあるんじゃないかって思った。勘だけど、惇史はそういうことをしかねない男だった。
————
バイトが終わると実瑠は里香と行きつけのラーメン店に行った。
「里香、今年の旅行先アメリカにしない?」実瑠はラーメンの写真を撮りながら言った。
「いいね!」と里香は言うと、ラーメンを啜り、水をゴクリと飲んだ。「アメリカのどこいく?」
「ロサンゼルス行きたい」と実瑠は言った。
「じゃあついでにラスベガス行こうよ。ラスベガスのクラブいこ」と里香。
「クラブ〜?」実瑠は笑った。正直そんな言葉が里香から出てくるとは思わなかったからだ。これはクラブに行ったことあるな、と直感で思った。
だから、惇史のことを聞いてみたいと思った。里香は惇史のことが好きなのか。里香は惇史とすでに肉体関係を結んでいるのか。
「ねぇ、惇史が言ってたんだけど、里香って酔ったら語るってほんと?」と実瑠。
「さぁどうだろ」と里香は笑った。
「私も里香の酔って語ってるところ見てみたい」実瑠は言った。
「え〜」里香はケラケラと笑っていた。「じゃあさ、今度一緒にホストクラブ行こうよ」
「え……」
「ホストクラブ」里香は目を輝かせて言った。
「あー、実は、私ホストの知り合いいるから、その人の店今度一緒に行く?」
「え、ほんと!?行ってみたい」と里香は興味津々に言った。
「じゃあ向こうにも言っておくよ。よかった、知り合いにホストいるとか言ったらドン引かれるかと思った」
「むしろ心開いてくれた気がして嬉しかったよ」と里香は笑顔で言った。
実瑠は、この子はダメだ、と思った。里香はおそらく、本当に、何も知らない純粋な子なんだ。ホストなんて連れていっちゃいけない人種だ。
「里香、ホストより彼氏作りなよ」と実瑠。
「いやいやいや」と里香は言った。
「ほら、もっとオシャレして、髪伸ばして、女子力上げて……」
「あのね……実は……」と里香。その言葉に実瑠は心臓の動悸がした。
「聞いて欲しいことがあるの」と里香は突然声のトーンを落として言った。
「なに?聞くよ」
「私ね、高校の時、ある日、友人とゲームをしていたの」
惇史のことを話すのではないかと思った実瑠はそっと胸を撫で下ろした。里香は話を続けていた。
「それでね、その時、罰ゲームで、バレンタインにある男の子を呼び出すことになったの。せっかくなら、その時、好きだった男の子を呼び出そうと思ったの。でも、直前になって、やっぱり好きっていう気持ちとは違う気がしてきて……。それで、その男の子には、『実は罰ゲームで呼び出したの』って言ってその場を逃げてしまったの……。もちろん、それからその男の子と連絡は取れなくなった。友人には、まだその男の子のこと好きなの?とか言われてたんだけど、真実なんて話せなかった」
実瑠は里香が突然流暢に話し始めたため、話を理解するのに時間がかかった。
「そしてたぶん、私、その男の子のこと、まだ好きなんだ」と里香。
実瑠は引き攣った顔を隠さんかとするように、煮卵を崩して、麺と絡めた。
-高校の頃の人のことがまだ好き?
実瑠の理解の範疇を超えていた。男なんて、そこら中にいくらでもいるじゃないか。その中に、関係を持ってもいいな、と思う人、1人や2人はいるだろう。
「私、最低だよね……」と里香はつぶやいた。
「何言ってるの、最低とかじゃない。あの時は悪かったな、って、それはそれで反省する。それで終わりにすればいい」
実瑠は里香がそう言って欲しいのだろうな、ということに気がついていた。
「そのゲームを一緒にした友人ね、最近、嘘つきだって噂を聞いたんだ……それから、何が真実がわからなくなってきちゃって」と里香は言った。
「えー、でも、そんな罰ゲームで唆す人、嘘つきだろうとそうじゃない人だろうと私嫌だけどな。あと、嘘つきだよって噂をしてる人も、里香の気持ち考えられてないじゃん」
里香が言って欲しい言葉を探して、実瑠の頭はフル回転だった。
「やっぱり、そうだよね」と里香は呟いた。
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